第10話 不安と絶望と少しだけの希望
「もぉ! なんなのよ! こいつ!」
わたしが寝ている時にの胸を触ってたなんて、こいつ最低……嫌い……
美味しいお水もくれたし、耳もお腹も治してくれたことには感謝はするけど、私の胸を気絶してるときに触るなんて本当にクズ……
死んじゃえばいい……
こいつめ……
わたしは気絶したソルスの頰をグリグリと踏んづけてやる。
これくらいならいいでしょ……
わたしの胸を触った罰よ……
わたしに無防備にも踏みつけられるソルスの顔。
目を閉じたソルスの顔はもともと綺麗な顔立ちはしていたが何故だか綺麗に見えて。
「もぉ……あんたはなんなのよ……優しくしてくれたと思ったら……それでも……すごしだけ嬉しかった……」
わたしはソルスの顔を踏んづけるのをやめてソルスに近いとは違う壁の方へと戻る。
こんな絶望のどん底にいるわたしを少しだけ救ってくれたソルス……
現状はなにも変わらず、苦しく辛く痛いままだけど、そんな気持ちをほんの少しばかり軽くしてくれたソルス……
わたしは楽になった気持ちの何十倍もの感謝の気持ちをソルスに感じるのであった。
それでもやっぱり現状が変わらず、辛くて辛くて堪らない……
昨日みたいに号泣はしないものの、止め処なく出続ける涙……
早く帰りたいよぉ……
もういやだ……
そして、蘇る人を斬った時の生々しい感覚。
吐くものはないけど、吐き気が全く消え去らない。
苦しくて痛くて辛くて悲しくて……
そして、わたしはそのまま眠りに落ちてしまった。
昨日は一睡もできなくて、そして今日は凄惨な地獄へと連れて行かれた。
そんな積りに積もった疲労感がドット押し寄せてきて……
⭐︎
そして、またあの時の感覚が蘇る。
どこか暖かいようなそんな感覚。
そして、わたしはふと目を覚ます。
「…………そ、るす」
ソルスがわたしの側まで来て、わたしを覗き込むようにして見ている。
何!? 今度は夜這いでもしに来たの? こいつ……
そう思ったわたしはソルスを睨んでやるのだが、目があった瞬間にソルスの瞳が怯えているのか震えだした……
「あぁ、俺だ……飯、来たぞ……」
ソルスがわざわざわたしを起こして、言ったのはただそれだけだった……
ご飯……
あぁ、あの石みたいに硬いやつのこと……
それに味もしない乾いた肉のこと?
それに汚い泥水のことかな……
そんなの要らない……
食べないと死んじゃうかも知れないけど、あんなのは食べた方が早くに死んじゃう……
「いらない……わたしねるから……それと、わたしに何かしようとしたら殺すから、いい?」
「あぁ、わかった……」
起こしてくれたソルスにご飯を食べないことと、夜這いしてくるかも知れないソルスに釘を刺しておく。
まぁ、こんなに肌がドロドロで焼け爛れた女を誰が抱きたいっていうんだろう……
そんなことを認識してはわたしはどことなく悲しさを抱く。
家に帰りたいとひたすら天に懇願するような思い、そして、ここから抜け出したくても自分では行動できない不甲斐なさ、自分のあまりの臆病さに嫌気がさす。
そして、追い討ちをかけるように全身を焼き尽くさんとする火傷の痛み。
悲しくて………悲しくて……
帰りたくて……帰りたくて……
自分は臆病で……
そして、すごく痛くて……
でも、死にたくない……
死ぬほど辛い、なのに……死にたくない……どうしようもない自分……
この上居に追い込んだ誰かを怨むなんて臆病なわたしにはそんな余裕なんてなかった……
わたしはただ自分のことで精一杯だった……
ここからどうしていけばいいのか……
どうなっちゃうのか……
そんなことで頭がいっぱいだった……
わたしは壁の方を向いて、無理やりにも目を閉じて眠りにつこうとする……
目を閉じているのに、堪えきれず出てきてしまう涙……
だが、突如そんなわたしの鼻腔を擽るなにか……
くんくん。くんくん。
なんなんだろう……この美味しそうな匂いは……
グゥぅぅぅぅぅううう!
それはそうだよ……昨日から何にも食べてないんだから、お腹だって鳴るわよ……
でも、ここのご飯はどうせ食べものとは呼べないし……
でも、この匂いはどこから……
わたしの中では疲労感から生じる眠気と肥大した空腹感が鬩ぎ合った結果、空腹感に軍配が上がったようで、
わたしは寝ようとした体をすっと起き上がらせる、
と、そこには
「…………そ、ソルス!? なんなの? それ……」
「あぁ、なんだよ起きたのか、お前……どうしたんだ?」
「うん……って、わたしが今あんたに訊いてるでしょ!?」
「あぁ、ごめんごめん……これはただの飯だが……」
「えっ!? それが今日のご飯なの?」
「あぁ……そうだけど、お前にもあるぞ? ほら!」
ソルスがわたしに渡したのはやっぱり朝と同じようなものだった……
一品だけ野菜のクズで作られたようなスープが追加されていたのだが、塩味も薄いし、それに冷めていて温いどころか冷たかった……
なによこれ、やっぱり食べれるものなんかじゃないじゃない……
でも、なんでソルスのご飯はあんなに美味しそうなの?
人のものは美味しく見えるっていうそういうことなの?
でも、明らかにわたしのとは見た目だって違うし、スープからは湯気が立って美味しそうに見える……
「ソルス……そのご飯どうしたの?」
「あぁ……これも魔法だよ!」
うん。知ってた。わかってた。わたしの常識の範囲ではこんなことを絶対にこんなことはできない、つまりこのことはわたしの常識の範疇外のこと。
だから、きっと魔法なんじゃないかって思っいた。
案の定、わたしの予想は当たってたみたいで……
魔法……
私からしたら、イメージは湧くけど実態の見えないもの。
でも、それでもこの世界で生きるためには、必要になるように思えてしまって、
だって、お水だって創れて、怪我だって簡単に治せてしまうような代物。
この世界から抜け出す手掛かりになりそうなもの……
わたしが使えるのかはわからないけれど……
覚えなきゃいけない、そんな気がして……
「ソルス! わたしに魔法を教えて! お願いソルス! わたしなんでもするから!」
「えっ!? お前に俺が魔法を教える!?」
「うん! わたし、魔法を覚えたい! この世界で生きていくためにも……」
これはわたしの本心からの願いであった。
わたしが真剣な表情でソルスに懇願しているのに対し、ソルスの瞳はフルフルと震え、怯えているのか、そしてさらには顔を顰めてわたしを見ていた。
でも、ソルスはわたしの勢いに根負けしたのか、
「…………わかったよ、少しだけだぞ?」
ソルスは渋々ながらもわたしに魔法を教えてくれることになった。
わたしが知りたいのはソルスがわたしに使ってくれた回復魔法と食べ物を美味しくする魔法だったりする。
それがあれば少しの間でもこの地獄で長く生きられるはず……
そしていつかはこんな地獄からは抜け出せる時が来るのかもしれない。
だから、そのためにも……
と、意気込むわたしだったが、お腹の中は物理的にも空っぽで、
グゥぅぅぅぅぅうう!
と、盛大な音を奏でてしまった。
お腹は空っぽでも、出てきたのは食べれそうにないようなもの。
そして、その隣にはソルスの魔法によって仕上がった美味しそうなもの。
でも、ソルスのご飯を奪うなんて横暴なことをわたしが出来るはずもなくて、
どんなに不味そうなものでも、魔法を使えば美味しいものになる。
そして、脳裏には
—————どんなに醜くても、魔法を使えば元の姿に戻ることだって
そんな風に思った私は早速、
「ソルス! わたしにこれを美味しくする魔法を教えて!」
まずは今を生き残るためにも何か食べなければいけない。
わたしは火傷して醜くなった顔をソルスに向けながらも、絶望に染まった瞳ではなく、すごしだけ希望の光が差した目でソルスを見た。
「あぁ、わかったよ……あと、そんなに俺に近づくな……」
「あっ……ごめん……なさい……」
わたしは気づかぬうちに、ソルスとの顔の距離が拳ひとつ分くらいとなってしまっていた……
ソルスが近づくなっていうのは恥じらいから出たものなんかではない……
こんな醜く爛れた顔が目の前までやってきたら、誰だって怖いと思ってしまうし、嫌悪を抱くのは当然だ……
わたしはそんなことを思って、先程少しばかり明るくなった気持ちを一段と暗くさせ、ソルスから一歩離れた。
そうだよね……わたし、こんなに気持ち悪いもんね……
わたしが気持ちを暗くしている中、ソルスはわたしに声を掛ける。
「じゃあ、教えるぞ……って、その前にお前はエリトなのか?」
「へっ!? なに、そのエリトってのは……」
「えっ!? お前、エリトもわかんねぇのか?」
ソルスがわたしをまたも不思議そうな目で見てくるのだが、エリトなんてわたし訊いたことがない。そりゃあ、この世界に来たのは1日前だからこの世界のことなんて全然わからない……
だから、エリトっていう人の名前なのか、どうなのかなんて全くわからないわけで……
「うん……わたし、そんな言葉聞いたことない……エリトってなに?」
「はぁ……そこからかよ……お前、そんなんでよく今まで生きてこれたな……それとも—————」
一瞬だけ、ソルスの様子が一変した。
この感じ、やだ……
ソルスはわたしの胸は触るし、天然なのかも知れないけど、わたしの心を弄んでひどいやつだけど……
それでも、顔立ちは整っていて、少しだけどわたしに優しくしてくれて、どこか温かい、そんな存在……
だけど、一瞬だけソルスは変わった……
獅子の如くわたしを射殺さんとする鋭い眼光。
そして、強者を思わせるけたたましいオーラ。
わたしの背筋が一瞬だけ、凍りついた。
(わからないフリをして俺を騙そうとしてるんじゃないよな?)
その時、わたしにはなにも聞こえてこなかったけど、ソルスの口は確かに開いていた。
最初に見た時と同じで、静かな闘志を身に纏っていて。
でも、そんなソルスに呆気にとられているわたしを見たのか、すぐにソルスの表情は温かいものに変わっていて、
「エリトっていうのはなぁ、この世界では魔力を産まれながらにして持つ人のことを言うんだ。そして、エリトとは逆に、魔力を産まれながらにして持たないものはこの世界ではボングと呼ばれる。もちろん、魔力を持っていれば、魔法を使うことが出来るわけだから、この世界ではエリトは優遇されるし、ボングは冷遇される。エリトになるのは遺伝とか言われているけど、突然覚醒することも多々あるらしい……エリトに関して俺が知っているのはこれくらいだ。ここまででわかんないことはあるか?」
なるほど、そういうことか……
エリトは魔法を使える魔力を持った人。
ボングが魔力を持たない人のことか……
わたしはどっちなんだろう……
ソルスはエリトは遺伝的なものだって言ってたから、もともとこの世界の住人じゃないわたしが持っているのだろうか……
もし、わたしがエリトじゃなくてボングだったら、どうしよう……
もしここから出られたとしても、ボングだったら冷遇されてまたこれ以上に酷い目に遭わされるのかな……
そんなの絶対にいや……
それにしてもどうやってエリトなのかを確かめるんだろう……
でも、確かめる方法があったとしても、わたしはなぜだかものすごく怖い……
もし、自分がエリトじゃなくて、ボングだってわかったとしたら、わたしはさらに絶望の底へと突き落とされてしまう……
確かめることに関してすごく恐ろしく思いつつも、エリトだったらと希望を持っている自分がいて。
「…………エリトとボングってどうやったら確かめられるの?」
わたしは恐る恐る、細々とした声色でソルスに尋ねてみる。
「ん!? 簡単だぞ! そうだなぁ……こうやって言ってみろ! 『クリエイトウォーター』ってな……」
なによその安易な呪文は……
ソルスはわたしを馬鹿にしてるの?
この世界に英語があるのか知らないけれど、わたしだってそんな馬鹿じゃないんだよ……
クリエイトの今は創造するってわかるし、ウォーターは水でしょ。
『水を創る』なんて安易な言葉で本当に水ができたら、人間は苦労しないわよ……
でも、ソルスの顔は別に私を揶揄うようなものなんかではなく……
そんなソルスの顔見たわたしはソルスのことを無為に反論するわけでもなく、信じられないが仕方なくわたしはソルスの言う通りにやってみることにする……
でも、やろうと思った時に、どうしてか言葉が出てこない……
もし、やったとして出来なかったらどうしよう……
自分がボングだとわかったらどうしよう……
そんなボングであったらという不安がエリトであったらという希望よりも先行してしまって……
声が震えてなかなか言葉にできない……
「お前、どうしたんだよ……やらねぇのか?」
「う、ううん……やる……でも、もう少し待って……」
「なに怖がってんだよ……さっさとやれよ……」
わかってるって……わかってるから黙ってて……
あんたはエリトだからわたしの気持ちなんてわかんないのよ……
もしボングだったらどうしようなんて……
もう……本当にわたしの気持ちを察してくれないようなソルスのことは嫌い……
けれど教えてもらう立場として、いつまでもソルスを待たせるわけもいかずに、
わたしは覚悟を決めて、
「『クリエイトウォーター!』」
わたしは喉から自分のあげられる最大の声量で魔法を唱えてみた。
そしてその瞬間、何故だかわたしは気を失ってしまった———————
この感覚、最近あったような気がする……
いつだったんだろう……
巨大なクマに襲われた時の感覚だったっけな……
そういえば、熊に引っ掻かれたと思ってたけれど体にはそんな傷はなくて、ただ火傷だけが残っていた気がする……
わたしまた死んじゃうんだろうか……
でも、これで死ぬのならいいかも知れない……
だって、何故だか別に苦しいなんて思わない。
そして、わたしの意識は暗闇へと落ちていってしまった。
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