第9話 興味と恐怖

 衛兵によって俺の目の前に放り投げられ、転がされる焼け爛れてた1人の少年。いや、1人の少女。

 最初は完全に男だと思っていたのだが、確かめれば確かめるほど、女であることが証明されていく。

 まず、男にしては少しばかり小さい体、触ってみると柔らかい胸……


 俺はこの少女にいつになく興味を抱いた。

 興味を抱いたのはこいつが女だったからだけではない……

 そんなことで俺が興味をそそられることなんてない……

 俺がこいつに興味をそそられたのは……


「なんだよぉ……この手……」


 俺が目にしたのは転がされた少女の手。

 その手にはこの少女のものらしい耳が握られていた……

 だが、俺が目を奪われたのはそんなグロテスクなものなんかでなく……


「どんなけ剣を振ったらこんな手になるんだよ……こいつ……」


 こいつの手を見てみれば、常人では考えられないほど研鑽を積んだと思われる武人らしい手だった。

 火傷でドロドロになっている部分もあるが、ひたすら努力をして産まれたと思われる掌の硬くなったまめ。


「まじでなんなんだよこいつ……本当に女かよ……」


 この掌を見てしまえば、ロイドを倒したのもすんなりと納得できてしまう……


 俺が気絶している小さな少女に抱くのは少しばかりの好奇心とあとは体中から溢れ出す恐怖心だった……


 いつぶりだろうか……人を見ただけでここまで冷や汗をかいたのは……


 得体の知れない、小さな少女……


 強いものが生き残るという単純明快で残酷な掟。


 この少女とは絶対に敵対したくない……

 そんな気持ちが自分の脳内に駆け巡るのであった……


 ここは一つ恩でも売っておくか……


 俺は彼女の掌から彼女の耳をそっと取り、


『ヒール』


 と回復魔法をかけてやる……


 腹部からも血がだらだらと流れ出ているので、もう一つ恩を売るためにも、腹部の傷も残り少ない魔力を使って、回復させてやる。

 火傷には回復はかけてやらない……

 このまま戻すのにも、かなりの魔力が削られるだろうし、こいつが女だとバレたら、さらに面倒なことが起きるのも予想できる……

 さらにこいつが全快でもしてしまって、俺と対峙することになったら勝てるのか……

 完全な状態のこいつに勝てるのだろうか……


 生きるか死ぬか……

 俺はなにがなんでも生き残りたい……

 だから俺の敵になりそうな奴に自分の身を削ってまで手を貸すなんて馬鹿な真似はしない……

 俺が生き残ればそれでいい……

 はやく会いたい……母さんに……

 そして、俺の妹に……

 そして伝えなきゃ……

 父さんと弟が———




 と、そうこうしているうちにこの気味の悪い少女が目を覚ました。


 そっと目を開けたと思えばいきなり、俺に向かって叫び、身を抱えるようにして俺のことを冷酷な視線で睨む少女。


 まじでなんだよ……こいつ……



 と、突然、吐き気を催したのか胃液を吐き出す少女。



 なんだこいつ……もしかして、人を殺したのが初めてだっていうのか……


 俺も最初に人を殺した時はこんな風にゲホゲホしていたが……


 なんでだ? あれだけ修練を重ねたような逸材が戦争に行かない?

 なわけないだろう……

 こいつなら国の騎士団にだって入れたはずだ……

 なのに、人を殺したことがない?

 ありえない……

 こいつはいったいなんなんだ?


 俺のこの少女に対しての不信感は募っていくばかり……


 とりあえず、こいつの様子を見ることにしよう……


 と、そう様子を見ているうちに彼女も落ち着きを取り戻したのか、


『クリエイトウォーター』


 俺は魔力を使って、コップに水を生み出す。

 そして、俺は彼女にそっと魔力で作った水を渡してやる。

 と、彼女は俺のコップを奪うようにして……


 やべえやつだ……こいつ……

 人に水を貰っておきながら、感謝の気持ちもねぇ……

 こいつに恩を売っても意味がねぇ……


 なんて思ったのだが、水を飲み干した彼女がいきなりワンワンと泣き始めた。


 おいおい……本当に気色悪りぃ……

 こいつはなんなんだよ……

 昨日の夜から狂っているのはわかっていたけど……

 狂いすぎなんじゃねぇのか……

 それでも彼女の泣く姿は何故だか美しく見えてしまって……


 とりあえず、こいつのことを知りたい。

 それに、知っておかなければならない……

 じゃないともし俺の対戦相手になった時に、こいつに勝てないかも知れない……


「聞きたいことがあるんだけどいいかな?」


 俺は彼女に尋ねることにした。

 まずは名前から、彼女の名前はミツキというらしい。

 名字があったように聞こえ、隠したことから、どこかの貴族なのだろうかと推測したがそれはどうやら違ったみたいだった……


 そして、さらに分かったのが、こいつが魔法を知らないということだった。

 これはどう考えてもおかしい、魔法を使えないならわかるが、魔法を知らないなんてことは絶対にない……

 魔法を知らなかったらこの世の中でどうやって生きていくんだ……

 こいつは俺を疑って、こういうところで揺さぶりをかけているのだろうか……

 だとしたら本当にこいつのことは侮れない……


 こいつは本当に何者なんだろう……

 俺の不信感はさらに募る。


 でも、これはかなり有力な情報だ……

 もし、本当に魔法を知らないというのなら、魔法を知らない=魔法が使えないと考えても良い。

 そしてロイドも生来から魔力を持っていなかったから、初戦は魔法を交えた剣劇を経験はしていないだろう……

 その前に経験をしていた可能性はあるのだが……

 魔法知らない時点でこいつは魔法剣なんて使えないやしない……


 ならばこいつの武器は剣術だけであって、近接戦はかなり強いかもしれないが、遠距離からならかなり有利に試合を運べることだろう。


 俺は彼女から有力な情報を獲得した。


 そして、さらに分かったのだが、この少女はやはり狂っている……

 

 喜んだり、悲しんだり、笑ったり、怒ったり、感情の振れ幅が大きすぎる……


 それにたいしたことを言ってもいないのに、突然顔を鬼のような形相をして、俺に手刀を向けてきた……


 俺は躱そうとしたのだが、躱すこと叶わず、意識を刈り取られることになった。


 そして、さらに分かったことがひとつ。



 こいつ、強ぇ……

 俺なんかよりと随分強い……

 そして、もし、こいつが魔法剣までも習得していたとしたら勝てっこない……

 あと、こいつを次に怒らせたら……

 多分死ぬ……


 こいつは怒らせてはいけない……


 でも、俺が同居人に興味を持ったの初めてだった……

 こいつがとんでもなく気色悪くて、理不尽であっても、俺はこいつの強さに惹かれたんだろうか……


 惹かれた理由はわからないまま俺の意識は暗闇へと落ちていく。



 

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