第8話 どこか懐かしい

 なんだかすごく暖かくて気持ちいい……

 これはお母さんに抱きしめられた時のようなそんな感覚……

 優しくて、暖かくて、それでいてすごく頼もしい……

 そんな感覚……

 わたしがこの世界に来てから1日という短い時間しか経っていないのだが、この感覚が凄く懐かしく感じられる……


 わたしはこの感覚を感じながらもふと閉じていた瞳をそっと開ける……


 と、そこには牢屋にいた彼が私に何かしているようで、


「…………えっ……何してるのよぉ……」


「おぉ! 起きたか……」


 おぉ! 起きたか……じゃないでしょ! 

 今私に何しようとしてたのよ……

 わたしが気絶してたから、なんかひどいことをしようとしたんじゃないでしょうね……

 もしそうだったとしたら手刀でこいつの意識を刈り取ってやる……

 わたしは彼に自分の貞操を守るためにも、一生懸命睨みを利かす……


 突然、襲いかかってくる嫌な感覚……

 人を自分の手で斬ったあの気色悪い感覚……

 そして腹から出た血の生暖かいさ……

 自分の衣服についた血の生臭い匂い……


 わたしの全身にとてつもない気持ち悪さが駆け巡って、


「ゔぉぉええっ………」


 わたしはひどい吐き気に苛まれて、嘔吐物が出てくるかと思ったら、朝食を取っていなかったもので、何も出てこずただ胃液が自分の口から垂れ流されるのであった。

 

 口から出てきた胃液が火傷の跡を刺激し、ものすごくヒリヒリして痛い……


 と、わたしが気持ち悪くしているのを見計らったのか、



「おい、大丈夫か!? これを飲めよ……」


 差し出されたのは衛兵から差し出されたような泥水なんかじゃなくて、いつも元いた世界で飲んでいるような綺麗に透き通った水だった。

 わたしはそれをみて、突然喉の渇きを感じて、差し出されたコップを彼から奪うようにして、コップに入った水を飲み干す。


 ゴクッ! ゴクッ! ゴクッ!


「ぷはぁあ!」


 何よぉ……これ! めちゃくちゃ美味しいじゃない……

 なんなのよぉ……

 わたしはあまりにも美味しい水に何故だかわからないが涙が止めどなく流れてきた。


 もぉ……単なる水じゃない……

 なのに、なんなのよぉ……

 なんでこんなに美味しいのよぉ……


 美味しい水を渡してくれた彼は泣きじゃくるわたしをただそーっと見守るただそれだけだった。


 泣きじゃくって涙がカラカラに枯れてしまったあと、わたしが落ち着いたと判断した彼は


「聞きたいことがあるんだけどいいかな?」


 と、突如真剣な面持ちで尋ねてきた。


「う、うん……」


 わたしはこの状況に少しばかり恐怖を抱くのであるが、


「俺はお前に興味を持った。お前の名前は?」


「へっ!? わたし!?」


 何をいうかと思えば、いきなりわたしのことを口説いているの?

 なによぉ、このひと……

 それにわたしこんな火傷でボロボロになっていて、どう考えても気持ち悪いじゃない……

 肌はドロドロで髪も燃えてしまってチリチリの状態……

 どうしてこんなわたしを口説こうとするのよ……

 わたしが女だから? 女だったらなんでもいいってわけ!?

 確かにこんなところにずっといれば、なんでもいいって思うかもしれないけど……

 でも、この人わたしが女って気づいてくれたの?

 それはそれで少し嬉しい気もするけど……

 

「わ、わたしはミツキ、ケンナギミツキ……」


「え!? お前、名字があるのか? ってことはお前は貴族か!?」


 わたしは普通に自己紹介したつもりでいたのだが、


「ううん。わたしはミツキ。ただのミツキ……」


「お前の名前はミツキっていうんだな……」


「うん……そうだけど……」


 

 乱暴な口調だけど、普通に話しかけてくれる容姿端麗な青年。

 でも、この青年があんなことを言うなんて……


「いやぁぁ! びっくりしたよ……てっきり、お前のこと男かと思ってたわ」


 カッチーン! なんだか脳の欠陥がプチリと切れたそんな感じがした……


 なんなのよぉ……こいつ……

 わたしに美味しい水を渡して、優しくして、口説かれたと思ったら、なによそのセリフ……

 こいつ……嫌い……


 わたしは火傷で焼け爛れて醜い姿だが、必死に冷徹な瞳を彼に向けて、


「あっ……ごめん……なんか気に触ったかな……」

 

 わたしの怒りを察してくれたみたいで、素直に謝ってくれる彼。


「ふん……」


 わたしは鼻をふんと鳴らして、必死に彼に反抗してやる。


 でも、わたしはこの人のことが少し気になってしまって……


「あんたは?」


「おれ!? 俺がどうしたって言うんだよ……」


「名前よぉ! あんたの名前は何?」


「あぁ、そういうことか……俺の名前はソルス、ただのソルスだ」


「ふぅーん。ソルスね……」


 と、普通に会話をしているのだが、突如さっきの情景が思い浮かんで、


 わたしが気絶しようとした間に彼が私に何かをしようとしていた……


「ねぇ、あんたぁ! わたしにさっきなんかいやらしいことしようとしたわよね!」


 こいつ、名前はソルスって言ったっけ……

 呼びにくいしあんたでいいや……

 こいつはわたしが女だと知っていて、わたしになんかしようとした……

 何をしようとしたのか聞くまで、わたしの気持ちが収まらない……

 だから、こいつがいうまでは……

 そして、やろうとしたことによってはこいつを……


「あぁ。さっきのことか……みみ————」


 えっ!? みみ、みみってなに……耳!?

 わたしはさっき———斬り落とされてって


「え!? 付いてるっ!」


 なんで!? わたしさっき完全にから斬り落とされていたよね!?


 なに!? 時が戻ったっていうの?

 

「あぁ。お前が手に持ってたからつけといてやったぞ?」


 なになに!? その軽いノリは……

 ぬいぐるみの耳が取れたから縫っておいたよーみたいなノリは……

 誰が耳をそんな簡単にくっつけれるっていうのよ……

 魔法かなんか使わないと絶対にそんなことなんて出来ないでしょ!


「ど、どうやってやったのよ?」


 とりあえず治してくれたことは嬉しいけど、その方法が気になるし、


「ん!? そんなの決まってんだろ? 魔法だよ! 魔法!」



 えぇぇぇぇえ! って驚くべき……

 もうわたしにいろんなことがありすぎて、もう驚き疲れちゃったから、スルーでいいかな……

 でも、魔法がある世界なのか、ここは……


「その魔法でわたしの耳を直してくれたの?」


「あぁ。いちよな……耳がないのは辛いだろ? あぁ、あとお腹も切り傷で済んでたから治しておいたよ!」


 あっ……本当だ……彼、ソルスの言う通り斬られた傷も塞がっていて……

 でも、火傷の跡はまだ残ったまま……


「ソルス……ありがと……本当に……」


 わたしは自分の体を善意にも治してくれたソルスに純粋に感謝の気持ちを抱くのであったが、


「気にすんな! いやぁあ! それにしても女の胸って本当に柔らかいんだな……」


 スパッ!


 カッチーン! 脳内の血管がはじけたわたしの手刀が彼の首元へと飛び、彼の意識を奪うことになった。

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