第5話 剣奴士



 ハハハハハハハハハハハハハハハ。


 生きているってなんなんだろう……

 これは本当に生きているのかなぁ……

 死ぬことなんかより酷いんじゃないのかな……



 ハハハハハハハハハハハハハハハ。


 巨大なクマに襲われて死にそうになって、自分が生きていることに安堵したと思えば、わたしの肌は火傷でドロドロに焼け爛れていて、商人に身動きが取れないように縛られて、そのまま知らない場所へ奴隷として送られる。

 そして、奴隷とはいえ男の人と同じ場所へと放り込まれる……

 本当にわたしは生きているの……

 こんなんならわたしは死にたい……

 死んでこんな気持ちから早く逃れたい……

 でも、臆病だからそんなことはわたしにはできない……

 どこかで希望を抱いているわたしがいて、死のうと思っても、涙がこみ上げてきて死ぬのをやめてしまう……

 本当に情けない……

 昔の剣凪家の人間だったらここは潔く自害でもしたんだろう……

 でも、わたしはできない……


 もう悲しいを超えて絶望を超えて出てくるのは笑いだけ……わたしの口から出てくるのは狂人のような笑い声だけ。


 ハハハハハハハハハハハハハハハ。

 自分でも止めることができない狂った笑

い。


 私は連れてこられた部屋の壁に腰をかけて石でできたような天井を見上げて、ただただ狂ったように笑うだけ。


 そうして天井を見上げているうちにまた自分の目から涙が出てきた。

 

 その涙が自分の火傷の傷に染みてヒリヒリしてとても痛い。


 火傷は徐々にくじゅくじゅになってしまって、もう日本に帰って最先端の治療をしたととしても完全に醜い痕が残ってしまうだろう。


 思い出すのは死にそうになった絶望的な状況なんかじゃなく、元いた世界での楽しくて幸せだった思い出たち。



 そんな思い出によって出てくるのは大粒の涙とそして、こんな残酷な状況にわけもわからず追い込まれたというどうしようもない絶望に浸り出てきた狂った笑い。



 わたしと同じ牢屋にいる容姿の整った彼はわたしのことなんかは気にすることなく、壁にもたれかかって座っている。


 わたしは女の子であるのに見向きもされない肌醜いのかと思うとさらに胸が疼くように痛くなる。


 こんな彼をよくみてみると、他の牢屋に入っている人とは違った雰囲気がある。


 彼は他の人のように狂気に瞳染めるのでもなく、深い復讐心を抱くのでもなく、ただ静かな闘志を身に纏っているそんな感じだった。


 でも、今のわたしにはそんな彼のことなんか気にしている余裕なんかなくて……


 この場所が怖くて怖くて堪らなくて……

 もうひたすらとワンワン泣くしかなかった

……


 これからわたしはどうなってしまうのだろうか……


 先の見えない真っ暗な未来。

 そんなことを考えると、やはりわたしは狂ったように笑い、子供のように泣きじゃくるしかなかった。


 隣の牢屋から煩いだの、黙れだの罵声が飛んでくるも、どう頑張って堪えようとしても、ヒリヒリどころかズキズキとする火傷の痛み、それにこんな現状に追い込まれた苦しさ、元の世界に帰ることもできない悲しさには抗えることができず。

 こんか絶望から希望の光なんかは差し込むことなく、ただただわたしは泣いて、泣いて笑うしかなかった……



 わたしは連れて来られた昨晩から、ずっと泣いて笑っていたせいか一睡もすることが出来ず、太陽は再びこの地に訪れたようで朝が迎えた。


 わたしの顔は火傷に爛れ、黄色く膿んでしまってとても醜い。

 それをさらに酷くしたように泣き腫れた痕。

 この晩一睡もできなくてできた真っ黒な隈がさらにわたしの顔を醜いものにしている。


 そうして朝が迎えた時、衛兵らしき格好をした男たちがが牢屋に食事らしきものを持ってきた。


 持ってきたのは岩のように硬いようなパンと味付けなんてされていない干し肉と茶色く濁った泥水だった。

 

 こんなのものを出されたとしても、食べられるはずなんかもなく、わたしは朝食を食べることもなく牢屋で座ってぼんやりと天井を見上げながら過ごしていた。


 牢屋に一緒にいる彼はなんの不満を言うこともなく、美味しそうになのか不味そうになのかわからない様子でゆっくり朝食を取っていた。


 そんな彼とは会話なんかすることなく、お互い反対の壁に腰をかけて黙って過ごしていた。


 そして、太陽が中央に登った正午頃。

 また、衛兵らしい男がわたしの牢屋の前へと現れた。


 わたしはまた食べれそうにもないものを持ってくるのかと思ったのだが、そうではなかった……


 奴隷なんかに3食与えられるはずなんかもなく……


「おい! そこのガキ! お前の出番だ! さっさと出てこい!」

 

 とわたしはまた衛兵らしい男に牢屋から引き摺られるようにして外に出された。

 

 わたしは外に出られることに希望なんて抱かなかった……

 

 もう、分かっていたんだ……

 どう頑張ってもどう足掻いてもわたしが目にするのは凄惨な地獄図でしかないんだってことを……


 わたしはわかったいた……

 今から外に出るのは私の身が開放されるなんてことではないということを……



 でも、太陽の日差しはわたしの絶望に光を照らすかのように明るくて、光に近づけば近づくそど希望に近づくんではないだろうかなんて、錯覚してしまった。


 分かっていたのに、もしかしたらなんて思ってしまう臆病な自分がいた。


 わたしが引き摺られて連れて来られたのは天国なんかじゃなくて、ただの地獄だった……

 いや、地獄なんて言い方は生温いような気がする……


 あまりにも悍しくて残酷で表現する言葉も見つからない。

 

 わたしが太陽の光を浴び、引き摺られ連れて来られたのは、闘技場のようなの大きな広場の中だった。


 わたしが連れて来られた闘技場の場所の観客席には、華々しい衣装で自分を着飾った高貴そうな人々が楽しく談笑しているのが見えた。


 わたしの登場と同時に観客席からはこんな声がわたしの耳に飛んでくる。



「なんだよぉあの汚ねぇガキは……」

「あーあぁ! これじゃ賭けにもならないじゃないかぁ!」

「だなぁ……ただの見せ物でしかねぇじゃねえか!」

「はぁーあ! 可哀想だなぁ、あんなに小さいのにもうこんなところで死んじまうだからな」

「まぁ、おもちゃはおもちゃらしく俺たちを楽しませてくれればそれでいいよ」

「だなぁ。せいぜい、可愛く泣いてくれヨォ!」


 そんな声がわたしの四方八方から飛び込んでくる。


「おい! ガキ早く立て! 何クズクズしてんだよ!」



「な、なによ……これ……」


 わたしはコロッセオの中央へと向かわされ、衛兵の人から鉄製の剣が一本手渡される。

 

 全く研がれていないボロボロに刃こぼれした剣。

 これは剣とは呼ばない……

 これはどうみたってただの鈍器でしかない。

 衛兵らしき男はわたしに鈍器を渡し、わたしに何をしろというのだろう……


 そして、観客席からさらなる大歓声が巻き起こる。


「うぉぉおお! 出てきたぞ!」

「あちゃぁあ! これは勝負あったなぁ!」

「ハハハハ。まだあのガキも同じくらいのガキ相手なら生き残れたかもしれねぇけど……あいつ相手じゃな……」

「そうだなぁ……あの『豪剣』のロイド相手じゃ、勝ち目ないな……」

「そういえばロイドは99勝してるから今度勝てば100勝なんじゃないか?」

「あぁ。確かそうだったな……ってことはあのガキは解放の生贄になるわけか」

「うわぁー。なんか可哀想……まぁ、俺は面白ければそれでいいけどぉ」

「まぁ、ここはロイド一択じゃねぇか?」

「いやいや、ここは敢えてあのガキの残酷な死に免じてガキに1000セリスかけておくよ!」

「ハハハ。それは面白い!」


 そして、突如現れる奇怪な文字。


「おいおい! 見ろよあのオッズ。ガキが10000.0でロイドが1.00001だってよ……なんだよこれ……」

「こんなの今まで一度もなかったぜ……」

「まぁ、金はいくらでもあるし楽しめればそれでいいだろ」


 そんな声がわたしの耳元へも届く。


 凄い強い日差しに照りつけられて火傷の傷がズキズキとヒリヒリして痛む。


 正面から大歓声の中、現れたのは2メートルほどの身長がある巨躯の男で、筋肉は奴隷と思えないくらいに隆々としていて、わたしが渡された剣なんかよりも立派で切れ味の良さそうな大剣を肩に担いでいた……

 顔にも、体にも刀傷が無数にあって、今までどんな闘いをしてきたのかが窺えた。


 そして、わたしはこの状況を飲み込むこともできないまま、


 ゴォーーン!

 

 金属製のタライのようなものが大きな音を上げる。


 と、音が鳴った鳴り響いた時、突然目の前にいる巨躯の男ががわたしに話しかける。


「ごめんな……坊主……でも、仕方がないことなんだ……」


 と本当に申し訳なさそうな口調で、優しい目をわたしに向けてそんなことを言った。


「…………」


 わたしは状況を掴めず、そのまま黙ってしまっていたのだが、突如、巨躯のロイドと呼ばれる男が地面を思いっきり蹴りつけて、わたしに向かってくる。

 ロイドの速度はあの巨体からは考えられもしないほど素早くて、


 スパンッ!


 と、わたしの片方の耳がロイドが振り下ろした大剣によって斬られて地面にポトリと落ちた……


「やだ……やだ……何よこれ……」


 わたしは自分の落ちた耳を拾い、慌てて自分のもとあった場所へくっつけようとする……


 でも、そんなことができるはずもなく……

 

 ねぇ……嘘だよね……こんなの嘘だよね!?

 やだやだやだやだ……


 そんなわたしの様子を見て、わたしの耳を切り落としたロイドは、


「本当に悪い…………いくらでも俺のことを怨め……でも、俺は負けられない……」



 と、ロイドは次に大剣を横一線に振り抜く。

 と、その瞬間わたしの腹に大剣の先がかする。


 わたしは刃先がかすったお腹を見てみると、内臓は出て来ないものの大量の血が流れ出す。


「ギィヤアぁああああ!」


 わたしは自分の落ちた耳と斬られた腹をみて、ただ絶叫をあげる他なかった……


 なんなのよぉ……これ……

 私は火傷を負っているのに、なんで私をさらに痛めつけようとするのよ……


 そして、絶叫をあげているわたしに、ロイドと呼ばれる巨漢はまたも大きな大剣を私に振り下ろそうとする。


 その大剣はわたしの体を真っ二つにしようと襲いかかってきて……


 なんなのよ……これ……

 どうしてこんなふうになるの……

 どうして観客たちはわたしが傷つくことに喜んでいるの……

 どうしてなのよぉ……


 わたしが状況の整理も覚束ないまま、ロイドの斬撃がわたしの体を掠める。


 でも、その斬撃は空を斬った。


 先程からロイドの斬撃は一発でわたしの息の根を止めるように急所を狙っているのにもかかわらず、何故かその大剣は急所を外して、わたしに届く……


 わたしは最初からこの闘技場を見た時から、これからなにが起こるのかを薄々と理解していた。


 でも、わたしの心がそれを絶対に認めようとはしなかった……


 こんなことは間違っている……

 こんなことがあってはいけない……

 だからこんな考えはわたしの妄想であって、現実ではないと自分の考えを圧殺してきた……


 でも、現実は残酷でわたしがどんなけ思考の逃避行動をしても一手でわたしに詰みをかける。


 なんでなのぉぉ……

 

 ロイドと呼ばれる男が最初にわたしに謝った理由はわかっていた。

 

 わたしは昨日あれだけもう死にたいと諦めていたのに……


 だから最初の一撃でロイドの剣で死のうと思っていたのに……


 それなのに……何故かわたしの体は勝手に動いてしまう……


 ロイドから振るわれる剣筋はとても遅く見えて、どうしてか体が動いて躱してしまう。


 ここでロイドの剣で死ねばわたしはもうこれ以上、苦しまなくて済むんだ……

 もう、こんな醜い姿を晒さなくてもいいんだ……

 もう死んじゃいたい……



 ってそんな考えが頭の中を過るのに、わたしの体はロイドの斬撃を避け続ける……


 どうしてなのよぉ……

 早くわたしを死なせてよ……

 もうこんな世界嫌だから……



 それでもやっぱり体が勝手に動いてしまう。

 的確に急所を狙ったロイドの大剣を難なくヒュルリと躱してしまう……


 早くわたしを殺してよぉ……


『ダメ……あなたはまだ生きなければ……」


 いやよ……火傷でボロボロでこんなに醜くなってまで行きたくない……


『美しさは外見だけじゃないでしょ……』


 そんなの綺麗ごとよぉ……

 それにこんな状況で何が楽しくて生きていかなきゃならないのよぉ……

 死んだ方がマシよ……


『そうよ……死んだ方がマシだよ……でも生きなきゃダメ……』



 どうしてなのよ……どうしてわたしはこんなになってまで生きなきゃならないのよ……


『それはわたしがあなただからよ……あなたはわたし……」


 わたしはもうこんな世界にいたくない……

 それにわたしには出来ない……

 こんなこと……

 臆病なわたしには……


『わたしは生きたい……そして、あなたも生きたい……そうでしょ……』


 でも……無理よ……わたしにはやっぱり出来ない……


 わたしの中にいる誰かがわたしに生きろなんていう……

 わたしがこの先、生きながらえたとして何ができるっていうんだろう……


 訳もわからない場所に飛ばされ、絶望のどん底へと突き落とされる。


 これからわたしにどうしろっていうのよ……


『勝って!』


 心の声がわたしにそう呟く……

 でも、そうしたら……


『それでも勝って! 死んじゃダメ!」


 ここの声がそう囁き続ける……


 ロイドはそんなわたしに向かって、さっきから休むことなく剣を振り続けている……


 わたしはどうしたいんだろう……

 どうすればいいんだろう……


 と、突然わたしの口元が勝手に動き、


「わたしは生きたい……死にたくない……」


 斬られた耳と腹から血が流れ、そして目から大粒の涙が出てくる。


 死にたくない……

 死にたくない……

 死にたくない……


 わたしはロイドの斬撃を全て躱しきり、後ろへバックステップをして、剣を杖にして、項垂れ地面に手をつく。


 ロイドはそれを絶好の隙と思ったのか、最後の一撃かのように大剣を鋭く振り下ろす。


 と、またもフラッシュバックする元いた世界の楽しい思い出。


 まだ死にたくない……

 こんな世界から早く抜け出して、家に帰りたい……

 訓練だってなんだってするから、こんな苦しい世界になんか痛くない……

 生き残ってお父さんとお母さんに会いたい……

 兄さんに、そして香織に会いたい……



 だから、こんなところで死ねない……

 ごめんなさい……



「剣凪流 風龍の型 『風刃』」


 わたしはボロボロに刃こぼれした剣を横一線に振り抜く。


 そして、わたしが振り抜いた刃がこちらに向かってきたロイドの腹を斬り膓を抉ってた。

 ロイドはわたしが横薙ぎにした剣をくらい、その巨躯がトラックに撥ねられたみたいに飛んでいく。

 

 斬られたロイドの腹からは紅鮮血と内臓がが飛び散る。

 わたしの傷痕にロイドの返り血が付着して傷をズキズキとさせる。


 ロイドの大剣もまたわたしを切り裂くことなく吹っ飛んでいった……


 わたしに斬られたロイドは闘技場の中央で大の字になって空を仰ぎている。


 腹からは内臓が飛び出て、口からは嘔吐物がドロドロと出てきている……



 そんなロイドからは大粒の涙が流れ出していて、


「ごべぇんなぁ……あと、いっほだっはのいよぉ……とうさん—————」


 ロイドは最後に何かいいたげな様子だったのだが、発すること叶わず、息を引き取った。


 その瞬間に会場からは湧き上がる大歓声。


 わたしは自分が今してしまったことにあまりのショックを感じでしまい突然はげしい目眩がわたしを襲い、そのまま闘技場の地面へと倒れていくのであった。


 ⭐︎


 ロイドと醜い容姿をしたガキの一戦が終了した時。


「うおぉぉぉぉ! まじかよ! あのガキが勝っちまった……」

「なんだよ……あのガキ……まぐれか?」

「だな! 流石にロイドに勝つなんてまぐれ以外のなんでもねぇだろ!」

「うぉっしゃぁぁぁあ! よくぞやってくれた! 1000セリスが10,000,000セリスだぜ? スゲェだろ!? もう俺これからあのガキにかけることにするぜ!」

「コリャァ、大波乱だな……これからも楽しくなりそうだな……」 


 と貴族たちが楽しそうに笑っている場所とは違って、


「あなた…………」

「パパ…………」


 と、その会場に貫頭衣のようなみすぼらしい格好をした親子が2人。


 








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