第4話 醜く剣奴落ち





 なんだかすごく体が揺れている気がする……

 それにどうしてか身動きが取れない……

 けれどどうしてかわからないが奇跡が私に起きたことを感じた……


 わたし……生きてる……


 わたしは巨大なクマに爪で引っ掻かれて殺されたはずなのに、もう自分は死んじゃうんだって思っていたのに、神様がわたしに奇跡を与えてくれたのだろうか……

 それともわたしは物語のお姫様のような立ち位置で、ヒーローが私を助けてくれたのだろうか……


 わたしは自分がまだ生きていることを実感し、あまりの嬉しさに目から涙が溢れ出しそうになった。


 でも、現実はそんな生優しいものなんかじゃなかった……


 わたしはすっと起き上がり周囲の状況を確認してみる。

 と、わたしが目にしたのは、


「ギィぁぁぁぁぁああ!」


 私のすぐ隣にはわたしを殺そうとした巨大な熊の皮が炎で焼き尽くされ、骨も丸出しとなって、グロテスクな状態で置かれていたのだ。

 わたしはあまりの恐怖のあまり甲高い絶叫を上げて、その場から跳びのこうとするのだが……


 どうやら思うように体が動かない……


 と、先程まで周囲の状況を把握するので精一杯で自分の状況を確認できていなかった……


 今、自分がどれほどの窮地にいるのかをわたしはようやくここで気づくことになる。



「え!? なにこれ……手錠? それに足枷!?」


 私は首には首輪のようなものがつけられ、手は手錠で縛られ、足には足枷がつけられて動こうとしても動けない……


 こんな風に捕縛される筋合いなんかないし、ここ日本でこんな大袈裟にする人なんていない……

 なのになに!? これも訓練の一環なの?


「それになんでかわからないけど体がヒリヒリと痛い……」


 と、徐々に意識は蘇っていき、痛覚も戻ったようで、体の全身からヒリヒリとした痛みが襲いかかってきた……



 何なのよぉお、これは……

 腕も太腿炎で火傷で爛れてしまったていて、皮膚から血と黄色く膿んだ痕が体のあちこちに見えていた……


「やだ……こんなの……ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダ」




 何者かに体の身動きを奪われていて、火事に巻き込まれてしまったのか、肌が焼け爛れてボロボロになっている……


 よく確認してみると髪までも燃えてしまっていて、側から見たらわたしは女の子なんかに見えず、少年のような姿だった。

 頭をそっと触ってみると、ところどころ燃えて禿げてしまっている……


 なんなのよこれ……


「こんなの……ヤダ……ヤダヤダ……ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダ」



 わたしは自分の生存に一筋の希望を見つけた思えば、自分の体に火傷の跡が残ってしまっていて…………


 お父さん……これが本当に訓練だなんていうの……本当にこれが……剣凪流の特別な訓練だっていうの……

 どうなのよぉ……

 答えてよ……お父さん……


 と、私が喚いていると前の方から男の人が怒鳴るような声が聞こえてくる。


「おい! ガキ、うるせぇぞ! 黙ってろ!」


 ガキ!? って、わたしのこと? それに、わたしな今まで全然気づかなかったけど、なんでわざわざ馬車になんか乗ってるの……

 それになにあの格好めちゃくちゃダサいんだけど……



 なんなのよ。これ……わざわざ場所まで用意するような演出なの?

 わたしを洞窟まで運び込んで、森を抜けさせようとして、そのあとは熊にわたしを襲わせて、そのあとは火傷を負わせて、知らない人に捕縛される。

 これが剣凪家の訓練だっていうの?


 ここからわたしにどうしろっていうのよ……

 もう竹刀も見当たらないのに、こんな動きにくい状態から抜け出せっていうの?

 この捕縛を解いて手刀で戦えっていうの?

 そんなの無理に決まってるじゃん……

 お父さんにだってできないことをどうしてわたしに押し付けるのよ……


 こんなの絶対におかしいじゃない……

 絶対におかしいじゃない……


 おかしい……

 おかしい……

 おかしい……



 とそこで、わたしの胸の中で何かがストンと落ちたような感じがした。


 突如、フラッシュバックしてくる香織との会話。


 ————はぁーあ! 本当に他の世界に行けたりなんかしないかなぁ……


 ————うん……本当にそうだよね……まぁ、それは物語の中の話であって、現実ではありえないよね〜


 わたしがふと出した答えにさ前にいる男がヒントを当たえてくれるようで、


「おい、ガキ! お前は今から奴隷として売り飛ばす!」


「…………」


 やっぱり、ここは私の知っている場所なんかじゃない……

 私の知ってる場所はこんな大きな熊はいないし、こんなダサい格好をしない、それにわざわざ自動車より遅い馬車なんかに乗ったりしないし、それに奴隷制はもうとっくの昔に消え去った。


 じゃあ、ここはどこかというと、私が住んでいた世界とは違う世界。


「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」


 と、それを認識して出てきたのは自分の歪んだ乾いた笑い。


 今日1日でいろんなことがありすぎた……

 道場で寝ていたと思えば、洞窟へと移動していて、森を抜けようと思えば熊に襲われるという絶望な状況に追い込まれ、何故だかわからないけど生きていたと思えば、全身に火傷を負い、わたしの肌はボロボロに爛れてしまっていて、さらに追い討ちをかけるようにしてわたしは異世界の商人に救われたと思いきやに捕縛され、奴隷にされて売り出させる……


 もう体の全身はヒリヒリして熱くて痛くて、外貌はもう女の子とは思えないくらいの凄惨さで、知らない場所へと連れて来られてもうあまりにも残酷過ぎて、涙も全然出てきてくれない……


 なんなのよ……この醜い体は……


 出てくるのは壊れたみたいに、狂った笑い声。


 異世界なんて……全然嬉しくない……

 これなら剣凪流を極めてたほうがよっぽどマシだよ……


 望んでこの世界に来れたのだとしたなら、わたしが望めば元の世界に戻れるんだよね……

 

 そうなんだよね……


『お願いします……わたしは元の世界に帰りたいです! どうかわたしを元の世界に返してください!』


 わたしは手錠で縛られた手を合わせ、いるであろう神様に心の底からお願いをする。


 でも、そんな願いを神様は無視してしまうようで、


 ねぇえ! 返してよぉお! わたしを元の世界に返してよぉお!

 こうやってわたしは本気で願ってるじゃない……

 もぉお……やだよぉお!

 お願いだから、もぉお返してぇぇええ!






 ねぇ……どうしてなのよ……

 どうして返してくれないのよぉぉ!


 答えてよ……

 わたしはこれからどうやって生きていけばいいの……

 こんな醜くなった私どう生きろっていうの

……

 もはや奴隷としても価値なんかないんじゃないの……

 誰がこんなボロボロのわたしを買ってくれるって言うの……

 現代で奴隷制を導入してもわたしを貰ってくれる人なんていないだろうに……


 それならいっそのこと殺してほしい……

 どうせなら殺してほしい……

 自分は臆病だから自決はできない……

 だからだれかわたしを殺して、お願い……


「ねぇ……おじさん……わたしを殺して……」


「お願い……おじさん……もう、死にたい……」


 わたしは御者にいる商人に向かって必死に懇願する。


「ハァ! 何言ってんだこのガキがぁ! お前を殺すはずなんてねぇだろぉ! お前は売れるんだからなぁ!」


 わたしの必死の懇願も全く聞いてもらえないようで……


 自分では自決できない臆病者の私は商人に殺してくれるように頼むものも、そんな提案を受け入れてもらえなくて、希望の光が一切見えない真っ暗な絶望に飲み込まれてしまって、わたしはもう生気のない人形のようになってしまった。


「おい! ガキ! 降りろ!」


 と、私は商人に乱暴に引っ張られる。

 絶望に染まったわたしはもう抗い力も残っていなくて、辛うじて残った道着の首元を掴まれ、引き摺られていく……

 

 引き摺られる時に、火傷をした太腿に粗い砂がめり込んだ絶叫をあげたいくらいに激痛が襲うんだが……


 そんな痛みが自分を死に追いやってくれるような気がして……

 何故だか痛いのに嬉しくて嬉しくて……



 と、引き摺られた先にふとわたしが目にしたのは……


「こ、コロッセオ……!?」


 そこは世界史の教科書で一度見たことがあるコロッセオのような形をした建物だった。

 商人は私を衛兵らしい男に受け渡しその場から去っていった。

 そしてわたしはまた衛兵らしい人に襟首を掴まれ、引き摺られ建物の中へと連れてかれる。


 中に入ると、埃と汗、そして糞尿と黴の匂い空間内に充満していた。


 

 部屋はそれぞれ鉄格子で分けられていて、そこにはわたしと同じように連れてこられた奴隷と思われる人たちがたくさんいた。

 あるものは絶望に染まって項垂れていて、あるものの心は復讐心に染まっていて、ゾンビの如くこちらに手を伸ばしている。

 お爺ちゃんみたいに年老いた人もいれば、わたしよりも小学生くらいの小さな子もいた。

 とても居心地が悪く、胸糞悪い空間だった。


 そして、わたしを引き摺って運ぶ男がある場所で立ち止まった。

 そして男はその檻の鍵を開けて、わたしをその中へと雑に放り投げた。

 そして、そのまま何事もなかったかのように鍵を閉めて、この場から去っていく。

 わたしの連れて来られた場所も鉄格子でしっかりと区切られていて、中には奴隷と思われる人物が1人いた。

 壁にもたれかかるように座っていて、わたしが入る時、彼がわたしの方をチラリと見た。


 外見から判断するとおそらくわたしと同い年くらい……

 彼は切れ長の瞳をしていて、鼻筋も通っていて、唇も薄く端正な顔立ちをしていた。

 わたしはそんな彼をみて、一瞬鼓動が高まるのを感じた……


 わたしはこの時は知らなかった……

 わたしがこれから生き残りをかけた凄惨なデスゲームに参加させられるということを……


 





 



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