第50話「部活動スタート⑥」
「……何を書いたらいいのか、さっぱりわかりません」
とある日の晩、ひよちゃんは俺のパソコンの前に座ってうなだれながらそう言った。
ひよちゃんと乾もまた、文芸部に正式に入部を果たし、実際に小説を書いてみるということになったまではよかったのだが――
「そもそも、どんなものを書いたら面白いのでしょうか。どういうものを書くのが正解なのでしょう」
ぶつぶつとぼやいているひよちゃんに俺は声をかける。
「まあ、俺も小説なんて書いたことないから偉そうなことは言えないけど」
そう前置きしてから言う。
「とりあえずは、自分が好きな小説とか物語とか、そういうものを真似するところからでいいんじゃないのか?」
「真似ですか……?」
ひよちゃんは振り返って、小首を傾げた。
「でも、真似だと、盗作ってことになりませんか?」
「そりゃあ、文章とかをそのまま引っ張ったら盗作だろうけど」
俺は言う。
「たとえば、宇宙をかけるSFが好きなら、まずはそれと似たような世界観設定を作ってみるとか。そこに何かオリジナリティのある要素を付け足すとかすれば、盗作にはならないだろうし」
そもそも、素人の処女作なのだから、多少のことは多めに見てくれるだろうしな。
「なるほど……」
「ちなみに、ひよちゃんはどんな小説が好きなんだ?」
俺は改めて彼女の好みを聞いてみることにする。
すると、ひよちゃんはもじもじと恥ずかしそうに顔を伏せた。
「あ、あの……笑いませんか」
「笑う?」
「私が好きな小説を言っても笑わないでほしくて……」
なぜか彼女は自分の好きなジャンルを語るのが恥ずかしいらしい。
しかし、生徒の中にはこういう者も結構いる。自分の好きなものを語るのを恥ずかしいと感じるタイプの人間だ。もしかすると、思春期特有の感じ方かもしれない。大勢に合わない趣味を恥ずかしがる人間は一定数存在するものだ。
「ああ、わかった」
「そうですか……あの、わ、私が好きなのは恋愛小説です……」
大仰な前置きをするものだから、どんな奇抜な趣味をしているのかと思えば、かなりメジャーな趣味で気が抜けてしまう。
「なんだ、かわいい趣味じゃないか」
むしろ、ひよちゃんのイメージにぴったりだ。
俺がそう言って笑うと、
「うう……ちょっとべたべたな趣味だから恥ずかしいんです……」
「そんなもんかね」
彼女の羞恥心のポイントがいまいち解らない。
「ちなみに、好きな小説って具体的にはなんなんだ?」
「え……?」
「そう言えば、そこの衣装ケースの中に何冊か文庫本を持っていたよな?」
そこで、彼女はなぜか表情を固まらせた。
「どんな小説読んでるんだ?」
俺が彼女の持ちものが詰まった衣装ケースの方に視線を向けると、
「駄目です!」
なぜか彼女は大声を張り上げながら、勢いよく俺と衣装ケースの間に割って入った。
「えっと……?」
なぜ、そこまで好きな本を知られるのを拒否するのだろうか。
「あ、いや……そのですね……そこにあるのは間違いなく恋愛小説なんですけど、ちょっと特殊な奴と言いますか……」
「特殊な奴?」
「本当に本当に見ないでください……違うんです、これは……いつもこんな本を読んでいるわけじゃなくて、こういう本は図書館にないから仕方なく買っただけで、もっとノーマルな奴も読んでるんです、本当に……」
「わかった、もうこの話はやめよう……」
これ以上、追及するとひよちゃんが壊れてしまう気がしたので、俺はもう何も聞かないことにした。
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