第49話「部活動スタート⑤」
「せんせー、入部届持ってきたよー」
放課後、職員室のデスクで教材作りをしていた俺のところにやってきた馬淵は、そう言って入部届を提出してきた。俺は作業の手を止め、それを受け取る。
「もう決めたのか?」
うちの学校の仮入部期間は三週間ある。だから、まだ少なくとも一週間程度は猶予がある。
「うん、もう決めたの」
彼女はそう言って、邪気のない笑みを見せた。
俺には一つ懸念があった。
それを指摘すべきかどうか、一瞬迷ったが、結局、俺はそれを問うてみることにした。
「本当に文芸部でいいんだな?」
「どういう意味?」
「いや、他にもっと気になる部活とかはないのかと思って」
「しぇりーがせんせー目当てで部活を選んでるんじゃないかってこと?」
馬淵は俺の遠回しな物言いの真意を見抜いて、そう言った。
馬淵しえりは最近、何かと俺に付きまとっている。彼女の真意ははっきり言って不明だ。だが、彼女が部活を選んだ理由が、もしも部活の本質以外の場所にあるのなら、それは不純と言わざるを得ないだろう。
「大丈夫。それはないよ」
馬淵は俺の懸念をあっさりと否定した。
「確かに、せんせーにはある意味で興味を持ってる」
何か含みのある言い方が気になったが、俺はまずは彼女の言葉を黙って聞くことにした。
「でも、それとは別のところで文学には本当に興味あるの。こんな見た目だけど、わりと本は好きなんだよ。綾崎先輩なんかにずっと負けるけどさ」
それは確かに本当だろう。仮入部のときに、綾崎や乾と話していたときの彼女は本当に文学に触れてみたいと思っているように思えた。
「むしろ、中学時代は休み時間とかずっと文庫本を握っているタイプだったし」
「そうなのか?」
それは今の馬淵のイメージからはかけ離れていた。今の馬淵は休み時間に席に座っていることなど、ほとんどなく、クラスメイトの誰かにちょっかいをかけに、ちょこまこと教室を動き回るタイプだからだ。
「だから、心配しなくても大丈夫。もちろん、実際入部してから心変わりする可能性もゼロじゃないけど、少なくとも今は本当に文芸部に入ってみたいって思ってる」
俺は彼女の言葉を受け止める。
「わかった。なら、止めはしない。変なことを聞いて悪かったな」
「ううん、じゃあね、これからよろしくせんせー」
そう言って、彼女は俺に背を向けて、職員室から出て行こうとした。
そのときだった。
「待て、馬淵」
彼女は、ちょうど、職員室の扉の前である人物と鉢合わせした。
「うわ、出雲せんせー」
「何が、うわ、だ。おまえ、また教師に向かってため口を聞いているな」
その人物は高一の学年主任の出雲先生だ。俺が生徒だったときから、勤めているベテランで、強面で声が大きい先生だ。いわゆる、生徒からは恐れられているタイプの教師と言える。
「何度も言っているが、教師には敬語だ。高校生ならそれくらいのことはできるようになれ」
「はーい、気を付けまーす」
「しゃんと返事をせんか!」
「はい、気をつけます!」
気の抜けた態度を一喝された馬淵はしゃんと胸を張って、返事をし、「失礼しました!」と叫んで、逃げるように職員室を出て行った。
そんな後ろ姿を見送りながら、出雲先生は言う。
「建屋先生」
「はい」
名前を呼ばれた俺は思わず身構える。
「あんまり生徒に調子に乗らせないようにね。仲良くするのはいいことだけどさ」
「すいません、気をつけます」
俺は椅子から立ち上がって、頭を下げた。
「うん、まあ、気をつけといて。あの子はちょっと問題児だからさ」
そんなことを言って、出雲先生は自分のデスクに戻って行った。
馬淵しえりは問題児なのだろうか。確かに「金髪事件」を起こしたことで教師から覚えは悪い。しかし、彼女を単なる問題児としてみるのは、それはそれで違和感があった。彼女には何かがある。それが何かは解らない。だが、どちらにせよ、注視してみなければならない生徒であることは間違いないだろう。
これからは担任としてだけでなく、顧問としても接することになり、彼女との接触は増えていく。
彼女自身の性向の問題もあるが、彼女は俺とひよちゃんの秘密を握っている。そういう意味でも要注意人物なのだ。
(なんにせよ、気をつけないとな……)
俺は心の中でそう考えた。
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