第51話「部活動スタート⑦」

 綾崎に加え、ひよちゃん、乾、馬淵が正式に入部したことで部の存続の条件は当面、満たせることになった。


「これで一安心ですね」


 綾崎も肩の荷が下りたようだった。

 ここから文芸部の活動は本格的にスタートする。

 と言っても運動部のように毎日集まって練習、なんてことはない。そもそも、小説を書くのは個人でやるのが普通だ。故に週に一回の部会も原稿が出来上がっていない現段階では近況報告や創作の相談程度にとどまっていた。


「私は書こうと思っている方向性は決めました」


 乾は澄ました調子で言った。


「ちなみに、どういう方向性にしようと思ってるの?」

「今のところはSFに挑戦したいと思ってます」

「SFかぁ」

「難しそうですけど、結構好きなので」

「うん、いいと思う。好きなものを書くのが一番だしね」


 乾はSFを書こうとしているようだ。限られた紙幅の中でSFを書くのは難しそうな気もするが、本人がやる気なら止めることではないだろう。

 次に手を挙げたのは、馬淵だった。


「はいはーい、しぇりーは恋愛小説を書きたいでーす!」


 元気よく声を上げる馬淵。


「しぇりーは、やっぱり恋愛物が好きなので」

「いいわね。恋愛は物語として王道だもんね」


 馬淵の綾崎に対する言葉遣いは、初対面より少し砕けた調子に変わっていた。二人の距離が近づいた証拠だろう。

 一年生二人が方針を表明したことで、自然と次の注目は残りの一年生であるひよちゃんに集まった。


「静井さんは何を書くつもりなの?」

「え、わ、私は……」


 少しは打ち解けてきたように思ったが、まだどこか緊張が取れないひよちゃんはあたふたしている。

 しかし、綾崎の方もひよちゃんの扱い方を理解してきたのだろう。変に急かすことなく、彼女が落ち着くのを待つ。

 ひよちゃんは深呼吸をして、気を鎮めてから言った。


「あの……かぶっちゃったんですけど……」


 そう言いながら、馬淵の方におずおずと視線を向けるひよちゃん。


「うん? もしかして、しぇりー?」

「あ、はい……すいません……」


 馬淵と目が合って、余計に縮こまるひよちゃん。

 ひよちゃんは、なぜか馬淵に対して過度に委縮しているような気がする。彼女が人見知りであることを差し引いても、ひよちゃんの馬淵に対する態度にはやや違和感がある。確かに、馬淵は髪の色が茶色がかっていて、見た目は「ギャル」という感じだから、怖気づいてしまうのも解らないわけではないのだが。

 対する馬淵の方は、ひよちゃんのそんな態度を気にもしていないように、花が咲いたような笑顔で叫ぶ。


「え、いいじゃん! じゃあ、しぇりーとひよりんはライバルってやつじゃん!」

「ら、ライバル?」

「そそ、恋愛小説のライバルだよ」


 そう言って、馬淵はにこりと笑う。


「というわけで、勝負だ、ひよりん!」

「え、そんな、私……」


 自分が書きたい方向性も定まり切っていないであろうひよちゃんは、馬淵にライバル宣言に動揺してしまっている。あたふたと助けを求めるように周囲を見回した。

 馬淵はそんなひよちゃんを見て、表情を緩めた。


「なんてね。しぇりーも、まだ全然できてないし、正直、うまくできる気もしないから、そんなに焦らなくても大丈夫だよ、ひよりん」


 ひよちゃんの動揺を見て取ったのか、馬淵の方からそんなことを言い出した。


「ごめんごめん、ちょっと変に強気に出過ぎたねー。これでしぇりーが〆切までに書けてなかったら、ちょー恥ずかしい奴だよねー」

「い、いえ、こちらこそ、なんかすいません……」


 しゅんとしてしまったひよちゃんに馬淵は言う。


「でも、せっかく同じジャンルを書こうとしてるんだし、お互い、よりよいものが書けるように競争しようよ。もちろん、文学の良い悪いなんて簡単に決着つくものじゃないけどさ」

「は、はい」

「じゃあ、この瞬間からしぇりーとひよりんは『ライバル』ね」


 そう言って、馬淵はひよちゃんに右手を差し出す。

 その右手をひよちゃんはおずおずと握った。


「勝負だー、静井ひよ!」


 馬淵はそんなことを気の抜けた調子で言うのだった。

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