第44話「新たな事件の火種④」

「最近、また何かあったの?」


 授業の空き時間、自販機の前で邂逅した歩美はそう俺に尋ねた。

 千瀬歩美は俺の高校時代の級友であり、今の同僚。そして、元カノでもあった。一時は気まずい関係になりもしたが、今は昔のような友人関係に戻れている。


「いや、別に何もないが」


 実際には、馬淵しえりというド級の爆弾を抱えていたのだが、それは今開示すべき情報ではないだろう。

 歩美が俺の現状について知っていることは、俺は幼なじみであり生徒でもある静井ひよと、ただならぬ関係であるということ。彼女にその関係について問いただされたときに、肯定こそしなかったが、否定もしなかった。歩美には嘘をついても見抜かれてしまうと思ったから。だから、彼女は俺の気持ちは察しているはずだ。

 だが、歩美は俺とひよちゃんが同じ屋根の下におり、あまつさえ婚姻関係にあるなんていう事実は知らない。よって、彼女に馬淵しえりの一件を相談することはできない。それは完全な藪蛇だ。

 いつか俺が一人では乗り越えられない困難に直面した時。そのときは、歩美に頼ることもあるかもしれない。だが、それは本当に最終手段だ。少なくとも、今ではない。

 よって、俺は彼女の指摘を曖昧に誤魔化したのだ。


「ふーん」


 しかし、やはり鋭い彼女は俺が何かを隠していることは察しているようだった。

 歩美は自販機に硬貨を投入しながら言った。


「まあ、これから今まで以上に大変になっていくと思うし、何かあったら相談してよ」

「大変になっていく?」


 俺は彼女の言葉を鸚鵡返しにして聞き返す。

 すると、彼女は俺の方をちらりと見て言った。


「ほら、部活動の件」

「ああ」


 俺はその言葉で歩美が言いたいことを察する。

 教師の仕事というのは、大きく分けて四つある。一つは「担任業務」、一つは「授業」。この辺りは解りやすい。あとは「校務分掌」というものがある。いわゆる「生徒指導」や「進路指導」という奴だ。そして、あと一つというのが「部活指導」ということになる。


「中間も終わって、部活が再開するから顧問を充当するだろうしね」


 部活動の顧問の扱いは学校によって異なる。学校に来て一年目の教師は、部活顧問に当てないという学校もあるが、うちの学校は何年目か関係なく全員が何らかの部活顧問に当てられることになる。

 歩美は自販機からペットボトルのお茶を取り出して言った。


「どこの部活に当たるかって聞いた?」

「いや。まだ内示出てないだろ」


 俺もどこかの部活の顧問になるのだろうが、どこになるかというのはまだ聞いていない。


「そっか。私みたいにバリバリの体育会系だとしんどいよ」

「ああ、そうだな」


 ちなみに歩美は陸上部顧問。学生時代、陸上部だったという理由で陸上部に当てられたようだ。


「俺が当たる可能性高いのはバスケか?」


 俺は高校時代、バスケ部だった。歩美と同じ理屈なら俺もバスケ部顧問に当てられることになりそうだが。


「どうだろう。あそこ顧問の数足りてるから。むしろ、人数不足のところに回されそうだけどね」


 まあ、結局のところ、上の意向次第という奴だ。今、ここで二人でうだうだ言っても決まるようなものではないだろう。


「まあ、とにかく、仕事もいっそう忙しくなるんだから、プライベートくらいは余計な問題抱えない方がいいと思うよ」


 歩美は意味ありげな視線をこちらに送りながら言った。


「特に恋愛ごととか……ね」

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