第43話「新たな事件の火種③」

「馬淵さんにばれたんですか?」


 翌日、昼休み。廊下で見回りをしていた俺に生徒である乾琴子は、そう言って話しかけてきた。

 乾琴子は俺の生徒であり、ひよちゃんの一番の親友でもある。彼女は俺たち二人が同じ家に住んでいることを知っていて、紆余曲折を経て、その関係を黙っていることを約束してくれていた。

 俺は念のため、周囲を見渡して、誰にも話を聞かれていないことを確認してから答えた。

 

「ひよちゃんに聞いたのか?」

「はい。あまりに様子がおかしかったので問いただしました」


 ひよちゃんは押しに弱い。乾に詰め寄られたら、誤魔化すことはできなかったのだろう。


「女子生徒を家に入れるなんてうかつ過ぎませんか? 先生はもう少し、冷静な判断ができる方だと思っていたのに」

「……それを言われたら立つ瀬がない」


 確かに、今回の一連の出来事はすべて俺に責任がある。

 今の俺は馬淵しえりに心臓を握られている状態だ。ならば、彼女に関する情報は少しでも多い方がいいだろう。俺は乾に尋ねてみることにする。


「乾から見て、馬淵しえりはどんな生徒なんだ?」

「馬淵さんですか?」


 俺に尋ねられた乾は少し考えた後に言った。


「わりと人気者という感じですかね。たぶん、クラスのほとんど全員と喋っているんじゃないでしょうか?」

「そうだな。俺から見てもそういう印象だ」


 俺が休み時間に教室を覗くと、大抵誰かと会話している。しかも、その相手はほとんど毎回違う。女子はもちろん、大抵の男子とも仲は良いようだ。

 俺は少し考えてから尋ねる。


「馬淵は誰と一番仲がいいんだ?」

「一番ですか……?」


 乾もしばらく口をつぐんで考えていたようだったが、やがて、そっと口を開いた。


「解らないですね。言われてみると、みんなと喋っているけど、いつも同じ誰かと一緒に居る、という感じではないかもしれません……」

「なるほどな……」


 馬淵しえりという生徒の輪郭が少しだけ見えたような気がした。


「とにかく、気をつけてください。馬淵さんは何を考えているのか解らないですから」


 俺は彼女の言葉を少しばかり意外に感じる。


「心配してくれるのか?」


 かつての乾は俺とひよちゃんの関係を知って、引き離そうとしていた側だった。そんな彼女がこちらを気にかけているというのが、不思議な気がしたのだ。

 すると、乾は露骨に嫌な顔をして言った。


「勘違いしないでください。私はひよに類が及ぶのを恐れているだけです」

「まあ、そうだよな」


 これはもう俺一人の問題ではない。俺の選択次第ではひよちゃんにも辛い道を歩ませる可能性もある。そう考えれば、適当な対応ではできないのだ。

 考え込んだ俺に乾ははっとした顔をして言った。


「いいことを思いつきました」

「いいこと?」

「はい」


 乾はにたりと口の端を歪めて言った。


「こちらも馬淵さんの弱みを握ればいいんです。そうすれば、お互い秘密をばらさないように牽制できますよ」


 そう言って、邪悪に笑う乾を見ながら俺は言った。


「馬淵の秘密ね……」


 正直、気乗りはしない。生徒のプライバシーを侵害するような真似は好きではない。

 しかし、どうにかしなければならないということは確かなのだった。

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