第42話「新たな事件の火種②」

「すいません、私がもっとちゃんとスマホを見ていれば……」


 その日の夜の食卓、ひよちゃんはしょんぼりとした様子でそう言った。

 昨日、俺は馬淵とひよちゃんが鉢合わせしないように、彼女のスマホにメッセージを送っていた。しかし、彼女はそのメッセージに気が付かずに帰宅してしまったのだった。


「いや、ひよちゃんのせいじゃない……」


 俺もメッセージを確認できていないという可能性を考慮していなかったし、そもそも、俺が馬淵を家に連れ込むという選択肢を取らなければ、こんなことにはなっていない。悪いのは俺の方だった。

 俺はひよちゃんを慰めるために言う。


「幸いにも馬淵は、人にこの秘密をばらすつもりはないと言っている。今はあいつを信じる他ない」


 馬淵しえりに主導権を握られていることは問題だが、今日明日、決定的な事態が訪れるわけではないだろう。あとは時の流れに身を任せるしかない。


「………………」


 そのとき、ひよちゃんは、不意に食事の手を止め、テーブルを見つめてうつむいた。

 俺は彼女の様子から、どこかただならぬものを感じて、思わず言った。


「どうした、ひよちゃん?」


 影が差した表情。不安げに眉を曲げた彼女はぽつりと呟いた。


「私が帰ってきたとき……」


 彼女はそこで一度、言葉を止めた。その先を言うか、言うまいか迷った様子であったが、結局は口を開いた。


「奏多さんたちは何をしていたんですか……」

「何って……」


 俺は彼女が帰ってきたときのことを思い返す。


「あれは、馬淵がふざけて俺に抱き着いてきただけだ」


 あのときの馬淵はどこか様子がおかしかった。普段から少し調子に乗りやすいタイプではあったが、あそこまでしてきたのは、今回が初めてだった。やはり、あのときは失恋のショックという奴で何かが狂っていたのだと思う。


「そう……ですか……」 


 俺の言葉にひよちゃんは、力のない声で応えた。

 その日の食卓の空気はいつになく重かった。

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