第45話「部活動スタート①」
「わざわざ職員室まで来てもらって、すまないな」
五月の中頃、俺はある生徒を職員室に呼び出していた。
「いえ、大丈夫です」
その女生徒はこくりと小さな会釈をして、そう言った。
呼び出した生徒の名は「綾崎紡」といった。
「君が文芸部の今の部長ということでいいんだよな?」
「はい、一応、そういうことにはなっています」
また少女はこくりと頷いた。
内示の結果、俺は文芸部の顧問になった。文芸部とは、主に小説を書くための部活だ。聞いた話では一年に数回、自分たちで書いた小説を載せた部誌を発行しているらしい。
俺が文芸部顧問になった理由は、二つある。一つは、現状、文芸部の顧問が誰もいなかったということ。もともと、顧問は居たのだが、去年、急に退職してしまったらしい。ゆえに顧問の枠が空いていたのだ。もう一つは単純に国語教師であったから。安易ではあるが納得できる人選ではある。俺自身、特別文学に明るいわけではなかったが、読書は好きだ。ゆえに、この人事に特に不満はなかった。
「去年度の先生と引継ぎができていないんだ。悪いが、今の部の現状を教えてもらえるか?」
今年度の最初の部会が数日先に迫っていた。それまでに自分が顧問をすることになる部の現状を知りたく思い、現部長であるという綾崎紡を呼び出したのだった。
「わかりました」
少女はゆっくりと頷いて言った。
綾崎紡は高校三年生。眼鏡をかけていて、髪は三つ編みにまとめられている。見た目や少し話した感じではあまり前に出るタイプには見えない。穏やかで大人しそうな印象。文芸部の部長という先入観も相まって、いかにも「文学少女」という感じのルックスだ。
「まず、うちの文芸部には現状、六人の部員が居ます」
その情報は渡された書類の中に書かれていたので知っていた。
綾崎はどこか気まずそうな表情を浮かべて言った。
「こういうことをあまり言うべきではないかもしれませんが……どうせばれることなので言います」
そう前置きして彼女は言った。
「ぶっちゃけ、私以外の部員はほとんど幽霊です」
「幽霊?」
「ほとんど顔を見せていないということです」
そう言って、彼女は眼鏡をいじった。
「うちの部活は緩い方なんですが、原則、週に一回部室に集まることにはなっています。しかし、私以外のメンバーはほとんど来ません……気まぐれにやってきたりはするので、完全に幽霊部員というわけではないんですが……」
彼女がどこか言いづらいのも理解できる。彼女が部長なのならば、顧問によっては彼女の部長としての責任を問うような人間も居るかもしれないからだ。
俺は言う。
「まあ、それは仕方ないことだろうな」
部活というのは強制的なものではない。あくまで自発的にやりたいと思えなければやる意味がないと俺は考えている。もちろん、時にはある程度無理矢理部活に引っ張ってくる方が本人のためになることもあるだろう。だが、それは個々人の事情をそれぞれ鑑みて行われなければならない。部活に来ない生徒を頭ごなしに叱責するというのは、少なくとも俺の目指す教育方針ではなかった。
だが、そうなってくると問題は――
「活動実績がない部活は廃部にされるのは知っているな?」
「はい……生徒手帳に書いていますので」
彼女の以外の部員が集まっていない。それはつまり、活動実態がないということになってしまう。そうなれば、部活は廃部。それは避けられないことだろう。
俺は言う。
「なら、やらなくちゃいけないことは二つある」
「二つですか」
「一つは現部員を極力呼び戻すこと」
無理矢理連れてくるのは本意はないので、あくまで任意ということにはなるが、一度話し合っておく必要はあるだろう。
「もう一つは新入部員の獲得」
うちの学校は一部の部活を除いて、中間テスト明けの今から部活の入部が始まる。最初の一月余りは勉強のペースをつかむのが優先という、いかにも進学校らしい発想でそういうルールになっている。つまり、今から新入部員を獲得するのはそこまで難しいことではない。
「俺も協力するから、なんとか部員を集めることにしよう」
そのためにはポスターを張ったり、ビラを作って配ったりする必要があるだろう。そのためには、色々と画材や紙が必要になる。まずはその準備は必要だろう。
「高一の授業にも行ってるから、そこで勧誘もしておくよ」
「………………」
俺がそう言うと、綾崎はなぜかきょとんとした顔でこちらを見ていた。
「どうかしたか?」
「ああ、いえ」
俺が問うと綾崎は首をそっと振って応えた。
「そこまで協力してくださると思っていなかったので」
「そこまで、と言われるほどではないと思うが」
これくらい顧問ならばやって当たり前の仕事だ。
「そうですか。それならば、良いのですが」
何か思うとところがあるのか、綾崎はどこか複雑な表情を浮かべていた。
綾崎は改めて、居住まいを正して言った。
「よろしくお願いします」
そう言って、彼女は深く頭を下げた。
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