夏
第35話「新たな出会いと夏の匂い①」
「せんせー……しぇりーは、もう我慢できないよ」
甘えたような声でそう言った少女は、床に倒れ込んだ俺を上から見ている。彼女の頬は赤く上気していた。
俺はそんな姿に一瞬ひるんでしまう。
「おい、何を言って……」
彼女はちょうど俺に覆いかぶさるような形で俺の上に居る。そのため、俺の眼前には彼女の膨らんだ胸元が目の前にある。俺は思わず、息を呑んでしまう。
「ひよりんとは我慢してるみたいだけど、せんせーだって、本当はしたいんでしょ?」
彼女の熱に当てられたような瞳。それが彼女の言葉が、ただの冗談やからかいではないことを裏付けていた。
「……俺とおまえの立場を理解してないわけじゃないだろ」
俺は『教師』で、彼女は『生徒』。決して許される関係ではない。
俺の警告にひるむことなく、彼女は言った。
「解ってる……だけど、ひよりんのことは認めたんでしょ? じゃあ、しぇりーは駄目なんて理屈は通じないよ」
それは確かに痛い倫理的矛盾だった。
俺は生徒に胸を張れるような品行方正な教師ではない。そんなことは俺自身が痛いほどに解っていた。
「大丈夫。しぇりーは、心が広いから、しぇりーだけなんて言わないよ」
「………………」
「ひよりんとの関係、みんなにばらされたくないでしょ? だったら――」
少女は俺を見下ろしながら言った。
「せんせー、しぇりーもお嫁さんにしてよ」
俺はそんな少女に対して――
俺は混乱しながらも、ここに至った経緯を思い返す。
俺と「馬淵しえり」との関係は如何にして始まったのか?
彼女との出会いは正確には、このクラスが始まった直後ということになるだろう。しかし、あのときの彼女とは、単なる一教師と一生徒という関係でしかなかった。
だから、まずは道端で泣いていた彼女と邂逅したあの日の出来事から語るべきだろう。
——あの冷たい雨の降る夏の日から。
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