第30話「あのときの想いをもう一度④」

 俺は思わず、目の前に居た彼女を抱きしめていた。

 暖かで柔らかな身体。子供のとき、彼女を抱きしめたときとはまるで違う。もう、彼女は立派な「大人の女性」だった。

 ひよちゃんは意外にも俺の突然の抱擁にも動じなかった。彼女はゆっくりと俺の背中に手を回した。

 俺は覚悟を決めて言った。


「俺は……ひよちゃんが好きだ」


 その瞬間、彼女はびくりと身をのけぞらせる。彼女の身の震えが全身から伝わってくる。


「俺にとって君は誰よりも大切な人だ」

「それは――」


 ひよちゃんは俺の目をまっすぐに覗き込む。


「それは――恋愛感情ですか」


 彼女は臆せずにそう尋ねた。

 俺はもう一度だけ深呼吸をして言った。


「そうだ……」


 それはもう認めざるを得ないことだった。

 彼女は俺にとって『妹』。そんなごまかしはもう通用しなくなっていた。俺は確かに彼女の中に『女』を見ていたのだ。

 俺の答えにひよちゃんは――


「………………っ!」


 声にならない声を上げて、一層強く俺に抱き着いた。

 彼女が俺の胸に顔をうずめる。そこで彼女が涙を流していることはすぐにわかった。彼女は本当に涙もろい。

 俺は黙って、彼女が落ち着くまで背中をさすってやった。


「嘘じゃないですよね……」


 彼女は鼻をすすりながら、涙声で言った。


「ああ」

「後で適当に誤魔化したりしないですよね……」

「しないよ」

「じゃあ、もう一回言ってください」


 彼女は今度は俺の目をまっすぐに見た。


「俺は君を一人の女性として愛している」


 彼女はもう一度だけ涙を流して――


「ようやく、夢がかないました――」


 そう言って、笑った。




 まだ、俺には言っておかねばならないことがある。

 俺は彼女の耳元でささやく。


「悪かった」


 彼女は黙って俺の言葉に耳を傾けている。


「君の気持ちも何も聞かず、勝手に家を出て行ったりして」

「……本当ですよ」


 彼女は拗ねたような調子で言った。


「いつも、勝手なんですから。東京に行く時も勝手に決めて……」

「すまん……」

「許しません」

「ごめん……」

「もっと、ずっと、抱きしめてくれないと許しません……」


 そう言って彼女は俺の胸に顔を強く押し当てた。俺は優しく彼女の髪を撫でた。


「帰ってきてください、奏多さん」

「……ああ」


 俺は小さく頷いて、彼女をもう一度強く抱き締めた。

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