第5話「再会は春風と共に⑤」
とにもかくにも、まずは状況を確認しなければ何もできない。俺は彼女を自分の家に入れ、話を聞くことにした。
「お母さん、また新しい男の人ができたみたいで……」
「またか……」
彼女の母、静井花はシングルマザーで女手一つで娘を育てていた――とはいったものの、彼女には困った癖があった。それは恋愛関係に奔放であったということだ。そこそこの歳の娘が居るとは思えないほど若々しく、溌剌とした美しさを持っていた彼女はよくモテた。故に、色々な男のところを渡り歩いていたらしい。この辺りのことは、うちの母親が話していたからよく知っている。
そんな母親が娘のひよちゃんを、まともに育てられるはずがない。故に、彼女はよくうちに預けられていた。とはいえ、事情は違えど、うちも母子家庭なのは同じこと。必然、母は働きに出なければならず、ひよちゃんの世話は自然と俺の役目になったのだった。
時は現在、ついにひよの母は彼女を置いて、失踪してしまったということらしい。
「今日は、遅くまで帰ってくるなって言われていて、帰ってみたらこんな置き手紙が」
そう言って、彼女は二通の手紙を取り出した。一通はひよ宛て。そして、もう一通は――
「俺宛ての手紙?」
白い素っ気ない封筒の表面には確かに「建屋奏多くんへ」と俺の名前が書かれている。
「………………」
状況を把握するにしても、これからのことを考えるにしても、まずはこの手紙は読んでおくべきだろう。そう考え、俺は彼女の持っていた手紙に手を伸ばしたのだが――
「あ、あの!」
それを遮るようにして、彼女は声を上げた。
「私は自分宛の手紙を先に読んだので、なんとなく状況は解っています。だから、奏多さん宛の手紙に何が書いてあるのかも、大体予想がついています……」
彼女はなぜか顔をリンゴみたいに真っ赤に染めている。
「うちの母がすっごい変なことを書いていると思うんですけど、それは私の意志ではないですから! 勘違いしないでくださいね!」
「あ、ああ?」
「で、でも、別に私は嫌じゃないっていうか……むしろ、うれしいというか……そこも勘違いしないでほしいんです!」
「お、おう……?」
彼女の話は抽象的過ぎてなんだかよく解らない。
彼女はまだ手紙の中身を見せることを気にしているのか、かなりためらいながら、俺に手紙を渡した。
いったい何が書かれているというのか。
――俺はこの後、そこに書かれていた衝撃の事実に打ちのめされることになる。
『奏多くんへ
やっほー、ひさしぶり、花だよ☆ 覚えてるかな? ひよの母親の美人のお姉さんだよ☆』
手紙を握る手に力が入り、紙がくしゃりと音を立てた。
『君が帰ってくることは、君のお母さんから聞きました。そして、君がしばらくの間、一人暮らしになるということも。』
どうやら、うちの母から聞いて、俺が帰ってくることは知っていたようだ。
『そこで、私は名案を思い付いたのです!』
絶対にろくでもない案であることは想像がついたが、俺は黙って手紙を読み進める。
『ひよを奏多くんにあげちゃおうと思ったのです!』
ひよちゃんを俺にあげる……?
書かれている言葉の意味が理解できず、俺は首をかしげる。
『あの子は先日、十六歳になったんだ。まだまだ子供かもしれないけど、私に似て、それなりにいい感じに育っています。特に胸とか』
これが実の母親が娘を評する言葉だろうか。
『そろそろ、あの子も私の元から巣立つべきかなって……お母さん、寂しい(涙)』
一行読み進めるたびにストレスで自分の血流が早くなっていくのが解る。
『私もちょうど新しい恋を見つけたところだし、あの子も自分の気持ちに向き合うときが来たと思うのです』
そして、そこで俺は便せんをめくる。
「は……?」
そこに書かれていた言葉に俺は思わず絶句する。
この人は何を言っているんだ……?
便せんに綴られていた言葉。それは――
『ひよと奏多くんの婚姻届を出しておきました。貴方たち二人は晴れて夫婦になりました』
婚姻届? 夫婦?
昔から破天荒な人だったが、まさか本当にこんなことをやったというのか?
俺は混乱しながらも手紙を最後まで読み進める。
『ひよはもう十六歳なので年齢は問題なし☆ 未成年は親の同意が必要だけど、私が親だから大丈夫♡ 代理人が婚姻届を提出した場合、現住所に確認の通知が来るけど、それは私が受け取っといたから✌』
無駄に手の込んだ真似をしやがる……!
『というわけで、私の大事な娘を貰ってあげてね☆』
ふざけやがって……!
俺が怒りを隠せずにいると、手紙の最後に他の字とは違い、丁寧な字体で書かれた言葉が目に入る。
『あの子を任せられるのは、奏多くん、君だけです。よろしくお願いします』
「本当にこの人は……!」
そんな短い言葉に込められた彼女の気持ちを。俺はほんの一欠片だけ、受け取ってしまう。滅茶苦茶で絶対に許せないような行動をする人だけど、すべてを否定することはできなくなってしまう。
「馬鹿が……」
吐き捨てた俺の言葉は、この場に居ない手紙の主に届くはずなどなく、ぽとりと地面に転がった。
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