第22話「最後の安息①」
「明日、買い物にいこう」
「へ?」
それはある日の土曜日の夜。家事や宿題を終え、ひよちゃんが所在なさげに文庫本を読んでいたときのことだった。
「買い物だよ。色々な買わなくちゃいけないものがあるから。それとも、明日、何か予定があったか?」
俺がそう尋ねると、ひよちゃんは狐につままれたような顔をして言った。
「い、いえ、特に予定はなかったですけど……」
ひよちゃんは俺の突然の提案に首をかしげている。
「えっと……それは私と奏多さんの二人で買い物にいくという意味でいいですか?」
「そういう意味だな」
「それはつまりデートっていうことですか?」
「そこまでは……」
言っていないと言いかけて、思い直す。最近の女子高生は女友達同士ででかけることも「デートする」なんて言うらしい。つまり、仲の良いもの二人が出かけるなら、「デート」と言うんだろう。ならば、「デート」ではない、なんて言うのは少し可哀想かもしれない。
「まあ、そんなもんだ」
俺は適当な調子で相づちを打った。
「え!」
ひよちゃんは、口をあんぐりと開けてこちらを見た。
「ほ、ほ、ほ、本当にデートなんですか?!」
なぜか顔を真っ赤にしているひよちゃん。今にも爆発しそうな勢いだ。
「う、うそ……こ、心の準備が……デート、デートでしておかなくちゃいけないこと……あ、下着……下着を変えないと……」
何やらごにょごにょとよくわからないことを呟いている。俺は時々、彼女の将来が心配になる。
「で、行くか? やめとくか?」
「い、行きます! たとえ、槍が降っても行きます!」
「そこまで、意気込まんでもいいが……」
いったい何が彼女をそこまで突き動かしているのか。
ともあれ――
「どうやら、乗り気なようで良かったよ」
「はい、楽しみにしてます」
「そっか。それはいい」
――もしかしたら、これが俺が彼女にしてやれる最後になるかもしれないのだから。
「そういえば、今日はいったい何の買い物に行くんですか?」
日曜日の朝、ひよちゃんが作ってくれた朝食を食べているときに、彼女は今更気が付いたというように、今日の目的について尋ねた。
俺は言う。
「ひよちゃんの服だよ」
「へ?」
ひよちゃんはきょとんとした顔で首をかしげた。
「私の服ですか? 私、服持ってますよ」
「君は制服を別にしたら、外出着一枚しかもってないだろ」
彼女が持っている服は、俺がひよちゃんと再会した日に着ていた桜色のワンピースと部屋着しかない。それ以外の服は、彼女の母親がまとめて売っ払ってしまったようで一着も残っていなかった。
「前にお金を渡したのに、結局、下着しか買ってこないから」
「た、だって、食費を出してもらって家に泊めてもらっている身で、新しい服を買ってもらうなんて……恐れ多すぎて……」
「ひよちゃんは遠慮しすぎなんだ」
俺は言う。
「だから、一緒に買いに行く。もし、君が要らないと言っても買うから」
それくらいしないと彼女は俺から、何も受け取ろうとしないだろう。
「で、でも……」
そこまで言われてもまだ尻込みをする彼女に向かって、俺は言う。
「そっか。なら、今日の買い物デートはなしだな」
「え!」
「だって、君の服を買いに行くために街に出るのに、君が買わなくていいって言うんだったら行く必要ないだろ?」
「う、うう……」
彼女は俯き加減に、俺を睨んでいる。彼女の恨みがましそうな顔が可愛らしかった。
「どうする? やめとくか?」
「行きます! 絶対、行きます!」
「じゃあ、ちゃんと服も受け取るんだぞ」
「わ、わかりました」
それでも、まだどこか後ろめたそうな様子の彼女に俺は言う。
「そんな風に変に遠慮されるよりも、思いっきり喜んでくれた方が、俺もよっぽど嬉しいよ」
「奏多さん……」
そして、彼女は満開の花のような笑顔で言った。
「ありがとうございます!」
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