第16話「振り返る愛しい時間①」

「では、よろしく頼むよ」

「はい。では、次の時間の授業があるので」


 俺が授業を終えて職員室に戻ると、ちょうど、如月先生と歩美が会話をしているところだった。歩美は俺と入れ違いに職員室を出て行く。入口のところですれ違うときに彼女は何か意味ありげに目配せした。不穏なものではない。むしろ、なぜか嬉々とした表情を浮かべていた。何か良いことでもあったのだろうか。

 そんなことを考えていると、


「彼女は一皮むけたような気がするね」


 如月先生は俺の方に何気ない調子で歩み寄ってくる。


「あの子は人をよく見るから才能はあったんだ。だけど、優しすぎて強く出られないところがあるのが弱点だったんだが」


 如月先生は俺の顔を見て、にやりと笑った。


「何か最近心境の変化でもあったんだろうか?」


 この先生は俺の担任をしていたときから、何でもお見通しであるような雰囲気を漂わせていた。俺たちが昔のように気安い関係に戻れたことも全部察しているのかもしれない。職員室など、人の目があるところでは、一同僚として節度を持った付き合い方をしていたつもりだが。

 そんなことを考えていると、


「君にも話があったんだ」


 そう言って、如月先生は話を切り出してきた。




「二人でですか?」

「ああ、君たちなら問題ないだろうと思ってね」


 如月先生から切り出されたのは、今週末行われる予定のウォークラリーの下見の一件だった。

 ウォークラリーとは、学年のレクリエーションの一環として行われる行事だ。要は遠足だと思ってもらればいい。俺と歩美は、今週末、学年主任の出雲先生と三人でその下見に行く予定になっていた。


「出雲先生に急な出張をお願いすることになってね。その日がちょうど下見の日と被ってしまったんだ。だから、悪いが当日は二人で下見をしてきてほしい」


 普通、こういう下見は複数人で行う。ベテランの教員と若手の教員が一緒に行くことが多い。若手は本番でコースを間違えないように予習する必要があるし、経験のある先生が居ないと、コースが解らなかったり、確認すべきことを見逃す可能性があるからだ。


「何、コースは私が君たちを先導して歩いたときと同じだ。地図もあるし、卒業生の君たちならば間違えることはない」


 かつてのコースは頭に入っている。特に問題はない。


「というわけで急で悪いが、当日は二人で頼む」

「わかりました」

「そう肩肘張らなくてもよい。二人で気楽に楽しんでくればいい」


 俺が了承すると如月先生は俺に背を向ける。

 そして、ぽつりと小さな声で呟いた。


「デートだと思ってな」

「……え?」

「なに、冗談だよ」


 そう言って、如月先生は去って行った。

 本当にあの人はどこまで知っているのか読めない先生だ。

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