金纚。



 美しい茜空の下、わたしは白亜の都市で一番高い尖塔を最上階まで登っていました。



  



 最上階の小部屋、鉄格子の窓に嵌まったそこにわたしの可愛いご主人さまがいらっしゃるのですから。


 空を見上げれば、湖面がゆらゆらと波打ち死体がぷかり、ぷかりと浮いていました。鮮血が流れ出し、果てからきたる黄金の光を浴びて煌めき、天空を茜色に染めています。

 ああ、なんて今日も美しい水面なのでしょうか。


 カチカチカチ……金の懐中時計が時を、わたしの脳に刻みこみます。ご主人さまがわたしをお呼びなのです。


 あと一段、二段……。

 わたしは階段を登りながら表情の調整を行います。

 

 あと僅かな距離です。もうわたしはご主人さまの御前に参ったかのような気持ちになり、脳裏が幸せいっぱいになりました。


 少し前から維持している、一番美しく見える笑顔を顔に貼り付けたまま、白亜の扉の前に立ちます。


 セアラの経験上、すでに『視線』を向けておられる筈でした。 

 ご覧下さい、ご主人さま、セアラですよ。ご主人さまの安寧はここにおります。

 

 白蝶貝と琥珀で美しく彩られた見上げるような観音扉はご主人さまの持ち物としては、余りにも見窄らしいものでしたが、仕方がありません。ご主人さまは今、セアラの籠の鳥なのですから。


 コンコンと叩きます。

 一拍置いて返事を待たずに扉を開けてしまいます。ご主人さまは、わたしはいつでも部屋に入ってよいのだから、と仰いました。セアラは合図もなしに突然入室すると困ると思っています。


 ……かつてのわたしは窓から入室していたこともありました。その時の窓は硝子の大きな美しい窓で……否もっと高価な宝石か何かで拵えた芸術的な窓でした。

 何を言っているのですか、セアラ。ご主人さまの大宮殿の内装は定期的に入れ替えられていたではありませんか?

 献上品が溢れかえるので、定期的に使ってあげるために何から何まで取り替えて………


 “セアラ、”


 ご主人さまの涼やかな声がわたしの脳裏に甘く響いていきました。


 あれ?わたしは今、何を考えていたのでしょうか?最近、奇妙な記憶の欠片が甦ることがあるのです。

 あれは誰の記憶なのでしょうね。ご主人さまの偉大なるお力で維持されている、この空間は『共有領域』と近過ぎて時々、虚空を揺蕩う記憶の欠片が風花のように舞うのです。


「セアラ!待っていた」


 小さな少年がわたしのもとまで駆け寄ってきて、わたしの身体をひしっと抱き締めました。

 ご主人さま、これお好きですよね。セアラが撫で撫でしてして差し上げます。よい子にしていらっしゃいましたか?


「もちろんだ、セアラ。つつがなく」

 

 ご主人さまは口をきけないわたしに代わって、思考を読んで下さいます。



 セアラは、ご主人さまがお好きですよ。



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【勇者:セアラ】は生体人形になった。 ののの。 @jngdmq5566

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