輝青。
わたしが大鎌の持つ手を下ろすと、歓声が湧きおこりました。砂の大地に山のような巨体が倒れふしていました。毛むくじゃらの巨獣が血の海に沈んでいました。
その命がまっ赤な液体のなかに溶けていきます。
あの赤い液体すべてが血液ではないのでしょう。血管を流れていた何か別のものでした。円形闘技場の獣の身体は改造されています。私達、生体人形と同じように。
死にゆく姿はどこか神秘的で静寂に満ちていました。あれほど荒ぶっていた面影はどこにいったのでしょうか。
その巨大な若草色の瞳からも、生命の灯火が消えてしまっていました。
玲瓏たる音色が空気を震わせました。わたしの世界に広がってゆくは幻聴。
衣擦れの音が一斉に響き、恐ろしいほど静かになりました。主人達が高価な衣装の裾を払って跪き、頭を地につけて叩頭していました。
信じられない光景が目前で繰り広げられています。
うっとりした気分はどこかに飛んでいってしまいました。
主人達が叩頭を捧げる場所を、ハッと見ました。流麗な彫刻を施した純白のポルティコがありました。そこだけ切り取られて蒼穹に浮いているかのような優美な佇まいでした。
あのような席があったでしょうか?
この円形闘技場では、幾度となく戦闘を重ねてきました。果たして、あそこまで印象的な席を見逃すでしょうか。
列柱の間に薄い紗が垂れ下がっていました。その向こうに人影が見えました。ふと、光を編んだような繊細な紗幕が風に煽られ、刹那、幕の向こう側が晒されました。
一瞬の邂逅でした。
絢爛豪華な黄金の玉座に少年が座っていました。神憑った荘厳な美貌が鮮やかに目蓋に焼きつきます。玉座の黄金色の背に、宵闇のような色合いの髪が鮮やかに映えていました。
光の紗幕が再び向こうの景色を閉ざしていきました。
一瞬、視線が交差しました。
無表情で見上げたわたしに向かって、なぜか満足げに微笑み返しました。
すでに容貌などは紗幕の中に完全に隠れていました。一瞬、純白が照り映えました。衣服の生地だと悟る前に唐突に姿が搔き消えました。
もうそこには、純白のポルティコすら存在しませんでした。叩頭していたはずの主人達も、いつものように席に腰掛けていました。
幻夢が過ぎ去って、わたしはあっけにとられていました。
彼は何なのでしょう?
あれが幻だとはとても思えませんでした。あの、視線。確かにわたし達の視線は交差しました。
審判の声に思索を打ち切り、出入り口に向かって歩き出しました。
円形闘技場には、再び喧騒が戻っていました。
舞台を降り、出入り口に入ると鉄の扉が降りてきました。その鉄格子のすき間から、ある名前が飛び込んできました。
「いと高きアルエリヤ……か。どうして、我らは」
疲れ果てた調子の声は、すぐに大勢の会話にかき消されました。生体人形に関する会話ばかりが雑音のように耳に入りこんできます。しかしながら……常とは違うこの異様な空気の原因はあの少年でしょう。
セアラが去った後も、主人達はうわずった声で執拗に舌を動かしていました。
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