白銀。

 わたしは冷たい床を蹴って、大きく跳躍していました。


 空に身を躍らせれば、長い銀髪が空中に散ります。それは、キラキラと光りつつも剣のような鋭利な輝きを放っていました。


 冴え冴えとした光を湛えた大鎌を振り下ろし、身を空に躍らせました。殺意に燃える瞳に、わたしの小柄な体格が映りこみました。

 白刃の軌跡は分厚い剣身によって阻まれました。

 額から汗が流れ落ちました。

 相手は赤い髪の青年でした。体格もよく、見目も麗しい男。その顔はいま、苦痛と絶望に歪みます。 


《……世界が融解し、再び構築された時。人の精神は不可侵であった。感情は私たちのもので……心は私たちのものだ。》


 その手から剣を弾き飛ばすと、優しく首をかっ切ってあげました。血を吹きながら冷たい床に転がり、殺風景な灰色の牢獄が静まり返ります。


 心にしんしんと雪が降り積もっていくようでした。


《無垢な精神は『契約』に穢された。私たちは主人達の思うところを、想い描く。これではまるで人形ではないか。打ち込まれた楔を覆せ。》


「そうだな、十分だろう」


 威厳ある声が静寂を破りました。


「『勇者』096800セアラ。潜入任務を申し渡す」


 わたしの身体は即座に反応し、片膝をつきお辞儀をしていました。薄暗いギャラリーから人影が闘技場を見下ろしていました。アゼスさまの側近の一人である中年の司祭さまです。


「お前の任務は『塔の崩壊』だ。プロジェクトΩの成就を見届けたのち、実行せよ」


 プロジェクトΩ。旧世界教の悲願である『救済』の序章となる計画です。『最後の聖戦』として教会内で知られていました。プロジェクトΩが成れば、新世の幕開け。本格的な救済活動が始まるのです。


「はい」


「お前は生体人形の素体として紛れ込むことになる。事態が動くまで静観するように」


「はい、司祭さま」


「先生の研究も中盤に入っている。この研究が成就した暁には計画が始動する。それまで、辛くとも主人達の下で耐え忍んでくれ。お前の献身がトドメの一手となる」


「さあ、もうすぐ我らの日が明ける。人民の自由をとり戻す礎となるのだ、『勇者』セアラ」


「〈楔を放て!〉」


 わたしは、司祭さまの奮起に、旧世界教の合言葉を返しました。


「〈わが魂の自由を!〉」

 

 再会することは……あるのでしょうか?わたしは『勇者』です。

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