茜空。


「セアラ」が立ち上がり、その手に持った白銀の鎌を振り下ろします。


 それは宝飾で飾りたてられた生体人形の玩具では、ありませんでした。もっと実用的で湖上では信じられない粗末な素材を使って作った地上の刃です。 

 わたしの目は限界まで見開かれていました。湖上に聳える宮殿の主人の優雅な宝飾のようだった人形の面影はありません。いいえ、そんなもの最初からなかったのかも知れません。どうしてでしょう、わたしは最初、愛玩人形という立場に苦い思い抱いたでしょう?わたしは『勇者』なのだと、反発したではありませんか。




 わたしの掌に真っ赤な液体が満たされて……ぽつぽつと地面に滴り落ちていきます。うっとりとするほど、綺麗です。アルエリヤさま、なんて美しい鮮血の真紅なのでしょうか。ご覧なさい。これはあなたの血です。


 




 もうなにもみえません。



 真っ白な光の他に何も。わたしはめくらになってしまったのでしょうか。世界が白一色でした。遠く雨音が聞こえます。

 緑青の雨がずっと降っていました。


 



 覚束ない足取りで螺旋階段を登っていました。白い石造りの塔は沢山の採光戸があって明るい光が射し込んでいました。いやに白く明るい場所です。

 ぽつぽつと鮮血が白い滑らかな石を、汚していきます。


 高い位置で二つに結った長い銀髪が風に翻りました。ビュービューと風が吹いています。何という、高い場所なのでしょうか。

  

 ここは湖上の都で二番目に高い物見の塔です。窓からは、都の様子が俯瞰できました。それは予想に違わぬ凄惨な光景でした。


 かつて一面に青く広がり光煌めいていた湖が血に赤く染まっていました。

 かつて優雅に大空を飛行していた主人達が、死体になって湖面に浮き上がっていました。

 湖上の霧まで赤く染まっていました。

 霧を突き破って、純白の荘厳な尖塔群が聳えていました。黄昏に暮れゆく世界は、黄金の波に染まってゆきます……


 掌からぼたぽた零れ落ちていく、美しい、真紅の色は何でしょうか。


 ああ、思いだしました。これはアルエリヤさまの首から流れ出る血の色です。

 もはや首だけになったアルエリヤさまを抱え、私は塔を登っているのです。


 視界が雨にふられた硝子のようにぼやけて見えます。ただ、掌にある赤いものだけが鮮明に浮かび上がっていました。  


 ああ、血の味です。ひんやりしています。……これが死人の唇なのでしょうか。塔の上でもはや物言わぬアルエリヤさまの唇を奪いました。


 唇と唇を重ね合わせたまま、身を投げ出しました。夕焼け空が視界一杯に広がっています。

 まるで、血の中に落ちていくようかのようでした。

 


 



 ひとひら、ひとひら、記憶の断片が落ちていく。


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