ナナシとネガティブなコンビニ(3)
コンビニのレジが
右になるのか? 左になるのか?
右には公共料金の客、
左にも大量買いの客、
その刻一刻と変化する状況に一喜一憂し、
ハラハラドキドキ、ヤキモキしながら
神に祈るかの如く願い続けるナナシ。
ナナシが待機列の先頭に来た時には、
どちらのレジが先に空いてもおかしくない
僅差の逼迫した状況となっていた。
たまたま左右両方のレジがほぼ同時に空くと、
「お次でお待ちの方〜」と
レジの店員に呼ばれるよりも早く
素早い身のこなしで左に位置する
女店員のレジに滑り込んむ。
レジごときで俊敏な動きをみせる高校生に、
その後ろに並んでいた大人達はみな一様に
よっぽど若くて可愛い女性店員の方に
行きたかったのだろうと思ったに違いないだろう。
ナナシがもっとも危惧していたことが、
自らの身を以って
現実のものとなってしまったのだ。
だが当の本人は
もはやそれどころではない。
ここをなんとか
ノーミスで乗り越えなければ
余計な時間など掛けようものなら
後ろに並ぶ人達に
どんな罵声を浴びせられるか
分かったものではない
本人が心の中で
前の客を散々罵っていたのだから
そう思うのも当然であろう。
罵っていいのは、
罵られる覚悟のある者だけ。
ナナシが手にしていた弁当をレジの台に置くと
女性店員はバーコードをスキャン。
レジに表示された金額を確認して
予定通りに千円札を出して
店員からお釣りを受け取る。
……勝ったな!
ナナシは自らの勝利を確信する。
なにに勝ったのかはよく分からないが。
後は商品を受け取るだけ
はじめから心配など杞憂だったのだよ
会話がなくても成立する
それがコンビニというものだ
コミュ障にとっても便利でなくては
それはもはやコンビニとは呼べないからな
そんな不平等なことがあってはならないのだ
コミュ障と言えど他の人と同様に等しく
コンビニの恩恵を享受する権利がある筈なのだっ!
勝ちを確信したナナシは
油断をしたのか、慢心なのか、
余裕を持ってそんなことを考えていた。
それで一瞬集中力を欠いたのかもしれない。
それは全く予想外の出来事だった。
「※♯$◯△◇×☆!?」
!!
……店員が話し掛けて来る、だと!?
店内が混んで来ていたこともあって
その言葉は人々の喧騒に、
人々が店頭を出入りする際に流れる
呑気なメロディによって、
無慈悲にも掻き消されて
ナナシの耳には届かない。
クソッ、これは一体どういうことだっ!?
店員が話し掛けて来るなど、
俺は聞いていないぞっ……
しかも何を言っているか
よく分からなかった、だと!?
なんということだっ
この乗り越えなければならない障壁を前に
俺は集中力を欠いていたというのか?
一体どうすればよいというのだっ!?
ここで「えっ?」「はっ?」などと問い返す
そんな勇気をナナシは持ち合わせてなどいない。
こうなるとナナシは滅法弱い。
気が動転しまい、しどろもどろ、顔を紅潮させ、
普段人と話す時以上に上ずった
甲高い声を微かに震わせている。
「……エッ、……アッ、……オッ、……ソノッ、ハイッ……」
言葉につまったナナシは、
とっさに頷いてその場を誤魔化そうとする。
だがそれが更なる悲劇のはじまりとなった。
おかしな挙動をするナナシを
訝しげな顔で眺める女子店員は、
目の前にあるお弁当を手にすると
おもむろに後ろを振り返る。
次の瞬間、ここでもまた
ナナシは信じられない光景を目にすることになる。
!!
お、お弁当を、
あ、
そのあまりの予想外過ぎる出来事に狼狽するナナシ。
店員さんさぁ、
これは一体どういうことだい?
朝、登校途中の高校生が
この時間に弁当を買って
今食うとでも思ったのかい!?
この弁当は朝飯だと言いたいのかい!?
これから仕事に行く前に
朝ご飯を食べるおじさん達と
一緒にされたということなのか!?
ナナシの前に並んでいた作業着姿の男性が
朝ご飯として食べるお弁当を温めてもらったので、
店員もその流れでナナシに一応確認したのだろう。
胸が張り裂けそうな程、
モヤモヤ、ムズムズした気持ちのナナシ。
違う、違うのだ……
そうではないのだ……
喉元まで言葉が出掛かっているのだが、
そこから先を進んで言葉が出て来ることはない。
ここで店員さんに言って
その後、面倒臭い会話をしなければならなくなることは明白
迷惑な客扱いされるかもしれないし
店員さんとのトラブルになるかもしれない
ここで時間を掛けていると
後ろに並んでいる客もが
苦情を言い出す可能性すらある
コミュ障で、たださえ人見知りであるナナシが、
ここで他人との衝突や摩擦を起こすぐらいなら
やり過こそうと考えても不思議ではない。
言うべきか、言うまいか
ナナシが悩んでいるうちに、
店員は湯気の出ているお弁当を
無慈悲にナナシの目の前に差し出した。
それを見て動揺しているナナシに悲劇が再び訪れる。
「※♯$&◯△◇×☆!?」
!!
また、話掛けられた、だと!?
そして、今回もまた
何を言ったのか聞き取れなかった……
貴様、人が動揺しているスキをついて
話し掛けて来るとは卑怯だぞっ!
よく考えるのだ……
先ほどはおそらく店員は
「お弁当、
そこで俺は思わず頷いてしまったということか
つまりこれはYESかNOの二択問題なのだ
複雑な回答を求められている訳ではない
となると、先程YESで失敗したのだから
ここはNOが正解に違いない
事前に試験勉強をして来なかったために、
勘で試験の選択肢問題に挑んでいる
高校生みたいなことになっている。
「……イッ、イエ」
蚊の鳴くような声でナナシが答えると
今度は店員はなにもしようとしない。
ホッと胸を撫で下ろすナナシ。
やはりか、やはりここは
NOが正解だったということか
「※♯$&◯△◇×☆!?」
だが安堵していたのも束の間、
女性店員は再びナナシに問い掛けた。
!!
三問目がある、だと!?
クソッ、いつからコンビニは
こんなクイズ番組みたいなことになったのだ?
問題に三問解答しないと弁当が買えないとか
そういう斬新なシステムか何かなのか?
それともキャンペーン的な何かで
三問答えると何か当たるとか、そういう類の奴か?
しかもだ、
また相手が何を言っているのか聞き取れなかった
いくら自分がコミュ障だとはいえ、
三回連続で相手の言葉を聞き取れないなんて
これまでだってなかったことだ
これはもうあれか?
店員さんが発する声の周波数と
俺の耳が聞こえる周波数の範囲との
相性が致命的に悪いとか、
周波数の帯域レベルとか、
超音波みたいな話なのかっ!
左レジの女子店員こそが大ハズレで
声がやたら小さいだけなのだが、
そんなことにすらナナシは気づかない。
まず何か問題が、トラブルが起こった際には、
相手を疑うことをせずに、
真っ先に自分自身を疑う、
これこそがナナシ流陰キャ術の鉄則。
自分に自信が無いと言ってしまえばそれまでだが、
基本的に自分のことを全く信用していないのだ。
……ま、まぁ、仕方ない
直近はNOで何も起こらなかったのだから
さっきのNOは正解だったのだと思われる
ということは今回もNOで間違いないだろう
「……イッ、イエ」
なんだかよく分からないが
とりあえずNOの意思表示をしたナナシ。
既にお金は払っているので、
後は商品を受け取るだけ。
その商品も
台の上に置かれているし、
もう買い物は終わったも同然。
ナナシはレジの前でじっとして
相手の次の動きをうかがっていた、
だが店員に動く気配はない。
むしろナナシの顔を訝し気に見ている。
ようやく動いたかと思われた店員、
その行動はナナシの予想外のものであった。
「次でお待ちの方〜
こちらのレジはどうぞ〜」
!!
ど、どういうことだっ!?
アチアチのお弁当を
このまま持って帰れというのかっ!?
待機列に並んでいた後ろの男性客は
さっさとレジに入って来て、
ドンッと肩がぶつかって、
ナナシは考える間もなく
片隅へと追いやられる。
仕方なくアチアチのお弁当を直に素手で持って
追い出されるようにレジから離れて行くナナシ。
なんだというのだ、この仕打ちは
迫害されていたたまれず
逃げ出したかのような
惨めな気持ち、敗北感
コンビニとはいつから弱い者は虐げれ
不適合者は受け入れてもらえない
そんな殺伐とした修羅場のような
戦場となってしまったのだっ!?
アチアチの弁当の端を両手でつまんで
逃げるようにコンビニを出て行くナナシ。
店外で弁当を持ったまま立ち尽くし
しばし呆然とする。
……これは一体どうすればいいのか?
どうしろと言うのだ?
このままカバンに入れれば
中でめっちゃ斜めになって
お昼に食べる時に
中身ぐちゃぐちゃになっている
パターンの奴ではないのか?
さらに最悪なパターンは
汁漏れしてカバンの中がびちゃびちゃになって
カバンから美味しそうな匂いがし出す……
そもそも
昼休みまで傷まずにもつものなのか?
さらにナナシは重要なことに気づく。
……箸がない、だと?
これ、一体どうやって食べろと言うのだ?
手で食えとでも言うのか?
それとも犬食いしろとでも?
「アチッ!!」
弁当をずっとダイレクトに素手で持っていて
その熱さも限界に達しつつある。
途方に暮れるナナシ、
もはや絶望しかない。
コンビニの女性定員の問い、
一問目は「お弁当、温めますか?」
ナナシはこれに頷いた。
二回目は「お箸、お付けしますか?」
ナナシはこれをNOと言った。
三問目は「袋、ご利用になりますか?」
レジ袋も有料化され、
要不要は客が選択出来るようになったのだが、
これもナナシはNOと答えた。
結局、ナナシは二択問題を
三問連続で間違って選択してしまったに他ならない。
クソッ、生きていくというのは
なんというハードモードなのだ
ハードモードにしているのは
自分本人なのだが。
ネガティブな方向性とはいえ、
コンビニでお弁当を買うだけで、
毎日の平凡で退屈な日常を
これだけハラハラドキドキしながら
過ごせるというのは、
むしろ濃密な人生を満喫出来ているのではないか、
そんな風にすら思えなくもない。
そういう考えもナナシからすれば
ポジティブシンキングな
陽キャ目線に思えるのであろうが。
こんなにも細かいことを
すべての選択肢を間違えないで
完璧に解答しなくては生きていけないのか?
みんなは間違うことなく
完璧にこなせているというのか?
なんということだ
みんなが普通に出来ている
こんなことすら出来ないなんて
自分で自分が嫌になる
日常生活の中で
些細な他人とのすれ違い、勘違い、誤解、
ミスや失敗、上手くやれなかったこと、
そんな微々たるよくあることを
何も感じないフリをして
諦めてしまえばいいのに、
ナナシにはそれが出来ない。
歴史に名を残すような著名な小説家は
恥の多い人生を送って来たと言っていたが、
ナナシの感性からすれば、
生きている一瞬一瞬、
そのほとんど全てが
恥を感じて生きていると言っていい。
単なるコミュ障と言ってしまえば
それまでなのかもしれないが、
幼い頃からずっと
そうやって生きて来たことが、
現在の強烈なネガティブさを生み出した
原因なのであろう。
クソッ、今日は朝から
なんとついていない日なのだっ!!
そこで改めて冷静になって
ナナシは考えを改める。
……まぁ、毎日毎日いつもこんなものか
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