ナナシのネガティブなコンビニ(2)
いくらナナシがコミュ障とはいえ、
学園では最低限それなりに生活を送れている。
一応はその筈だ……。
同じ年齢層の、同じ学力レベルの少年少女が
建前上だけでも学業を目的として
集まって来ている訳だから、
広い意味で同じカテゴリーの人間として
ナナシもまだ平静を保っていることが出来る。
むしろナナシがコミュ障として覚醒し、
人見知りの本領を遺憾なく発揮するのは、
今買い物に来ているコンビニのような
不特定多数の人間が集まる場に、
独りでいるという状況なのだ。
全年齢が対象で、性別も、
人種、国籍すらも関係なく、
多くの人が常に出入りしている場所に居るというのは、
ナナシからすればまるで猛獣の檻に
閉じ込められているにも等しい。
人生経験の浅いナナシには
相手が何を考えているのか分からず、
どのように対処してよいかも分からない。
そうした未知の相手こそが、
分からないということこそが、
ナナシを一番不安にさせる。
もちろん同じ日本語を話す相手の場合、
言葉を交わすことは出来るだろうが、
その内容をお互いにきちんと理解した
コミュニケーションとして
成立させられるかというと、まるで自信がない。
自信がないことについては自信がある。
それこそ五パーセントぐらいではないかと
思えて仕方がないのだ、ナナシは。
-
オネイサンのセクシーなお尻、そのすぐ真後ろで
ズボンのチャックを半開きにしている男子高校生。
この文字を見ただけであれば、
確かにエロいシーンだと思われても仕方がない。
まだ店内の商品を探しているかのようなフリをして
その場から離脱しようとするナナシだったが、
内心はとんでもなくハラハラドキドキしており、
妙な早歩きでカクカクとギコチない動きをして
完全に怪しい人になってしまう。
クッ、こうなれば
防犯カメラの位置を確認して、
死角に入り込んでから、
ズボンのチャックを上げるしかないっ
もはや思考パターンが、
万引き犯のそれと大して変わらない。
なんとかズボンのチャックを上げることには成功したものの、
その後も防犯カメラが気になっているようで、
無自覚、無意識の内に
何度もカメラをチラチラと見てしまうナナシ。
挙動不審なその様子は
いつ万引き犯に間違われてもおかしくない。
他人からどう見られているか、
他人からどう思われているのか、
そうしたことが異常なまでに気になってしまう、
そういう部分がナナシの深層心理の中にあるのだろう。
-
紆余曲折あった後、
今日の昼飯となるお弁当を手にすることが出来、
いよいよクライマックスとも言える
レジでの会計を済ませれば
ミッション完了というところまでようやく辿り着く。
このコンビニにはレジが二つあり、
レジ待ちの列は一つ、
列の一番先頭で待っている人が
空いた方のレジに行くという
よくあるパターンのシステムだ。
現在、レジ待ちの列には数人並んでいる。
さて、どちらのレジを狙うべきか?
右手のレジは長身痩躯の若めの男性、
兄貴と同じ大学生ぐらいか?
目が隠れそうな長さの前髪で
いかにも陰キャ風な雰囲気で
負のオーラが感じられる……
こちらはおそらく自分と同類に違いない……
いかんな……
こちらに当たれば事故ることは目に見えている
下手をすると大惨事にすらなりかねない
あの人はなぜ自分と同じ
陰キャという人種であるにも関わらず
サービス業などという
とんでもなくハードルの高い仕事を
選んでしまったのか?
短時間で何十人、何百人の見知らぬ人々と
接触しなくてはならないなんて、
もはや拷問以外の何ものでもないではないか!
妄想するのは勝手だが、
見知らぬ人をここまで言うのは
いかがなものであろうか。
左のレジは小柄な若い女性
フリーターもしくはやはり大学生か?
こちらの方が
事故る確率は低いのではないかと思われる……
ただ、問題なのはだ……
女性店員の方がいいから
そちらのレジに行きたがっているのではないかと
誤解されることだ!
違うっ、違うのだ、そうではないのだ!
これはあくまで会計する際のリスクや
効率生を重視した結果であって
決してレジの女性が可愛いからとか
あわよくばお釣りをもらう際に
お互いの手と手が
微接触することを期待しているとか
そういうことでは断じてないのだっ!
どうかそこだけは誤解しないで欲しい!
またしてもそのことを
誰かに伝えたい衝動に駆られるナナシであるが、
そんなのは他人からすれば本当にどうでもいい。
二つのレジで客を捌く速度から見て
左のレジに行くにためには、
このままのタイミングで列に並ぶことが
最適解だろうと思われる
ナナシがそう思ってレジに並ぼうとすると
先程のセクシーなオネイサンが
横からスッと入って来て先に列に並んでしまう。
!!
な、なんということだ
またもや当たり屋のオネイサンが
俺の前に立ちはだかるというのか?
ここでもまたランダムエンカウントしてしまうというのか!?
『野生のオネイサンがあらわれた!』
そういうことなのか、これは!?
い、いかん……
これではまた、
たまたま偶然同じタイミングで
レジに並んだ風を装って、
本当はオネイサンと
ラッキースケベ的な接触を期待して、
ずっと後を追い回している
盛りのついた高校生のようになってしまうではないか
ここでオネイサンの後ろに並ぶことは
出来ん! 断じて出来んのだっ!
クッ、仕方があるまい……
左のレジに並びたいという事情もあるし
遺憾ながらここはやり過ごすしかない
レジの待機列に近寄ったが、
それはあくまでその近辺の商品を見ていただけ、
そんな風を装って、再び店内を徘徊するナナシ。
ますます店内での挙動不審な行動が多くなり、
怪しさは増して行くばかりだと言うのに。
少ししてから
店内に居る他の客がレジに向かう様を見て、
それに合わせてまた再びレジの方へと向かう。
…………。
一人でいいのに二人並んだ、だと?
先程のオネイサンの後ろには、
見るからに、これから仕事に行く、
その前に朝飯をコンビニに買いに来たと思われる
作業着姿の男性が二人が並んでいた。
おそらく二人は連れではあるが、
会計は別というパターンの二人組であろう。
なんということだ……
これではまたレジの順番調整のために
店内をフラフラうろつかなくてはならないではないか
いい加減諦めた方がよさそうなものだが。
こういった余計な、無駄な行動が
万引き疑惑をより一層深めて行くのだから。
-
ようやく自分が思うような順番で
レジの待機列に並ぶことが出来たナナシ。
店内はどんどん混んで来ており、
自分の後ろにも既に数人客が並んでいる。
レジの店員も客を捌くことに必死だ。
そうした若干殺伐とした雰囲気が
ナナシのメンタルに余計な圧を掛け、
コンビニで会計を済ませるだけだというのに
妙に緊張してソワソワして落ち着かない。
な、なに、どうということはない
手に持つ弁当をレジの上に出し、
店員がバーコードをスキャンしたら
千円札を出して、商品とお釣りを受け取る
たったそれだけの、簡単なお仕事だ
年端もいかない子供でも出来る
そう何度も繰り返し、
自らを落ち着かせようとする。
レジの店員は「いくらになります」とか
「いくらのお釣りです」とか、
決まった定型のセリフを言うだろうが
こちらは何も言わなくても特に問題はない
そもそも会話を必要としてすらいないのだ
だから、キリのいいお釣りをもらおうなどと、
大それたことを考えなければ
どうということはない
既にお気づきだとは思うが
ナナシは妙なところに神経質であり、
本来であれば自分の財布の中に
一円玉が五枚以上、十円玉も五枚以上
存在していることを許さない。
例えば、支払いが九百五十二円であったとすれば
千と二円を出して五十円玉でお釣りをもらわないと
気持ちが悪いと感じる
しかし、しかしだっ
この状況でそんなことを言っている場合ではない
端数の一円玉を財布から出すのに
手間取ってモタモタしてしまったら
待っているみなさんに
どうやって詫びればいいと言うのだ?
そんな遅延行為をしでかすなど
人としてあってはならないこと
それと同時に自らで自らに
プレッシャーを与え、追い込んで
結果、余計に緊張するという
そんなことを考えていたナナシだが、
次の瞬間、驚愕の光景を目にすることになる。
!!
な、なにっ!
陰キャ(仮)店員のレジ台の上に
やたら横に長い紙が広げられているではないか
それも一枚ではなく何枚もだ……
ま、まさか、こんな朝一番に、
レジ待ちの人がかなり並んでいるというのに
水道、電気、ガスなどの
公共料金の支払いをするというのかっ!?
貴様、一体どういう了見だっ!
貴様には良心が、人の心というものが無いのか?
貴様それでも人間かっ!
お前のような
電気も水道もガスも止められてしまえっ!
心の中で公共料金の支払いをしている客を罵倒するナナシ。
その気持ちは分からなくもないが、
なにもそこまで罵らなくてもいだろう。
クッ、しまったっ……
これではせっかく順番調整をしたというのに
台無しではないか……
予定が大きく狂ってしまう
今更、待機列から離脱するのも不自然極まりない
こうなれば、後は運に身を委ねるしかない
神にすがる、神頼みになってしまうのか
まぁ、こんなミクロな神頼みをされて
神様もさぞ困惑していることだろう。
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