ナナシのネガティブなコンビニ(1)

全く何事もない極めて平凡な日常、

ただしナナシの脳内では常に大事件が起こっている……

ネガティブな被害妄想という。



「さすがに、いささか早過ぎるな」


学園の最寄り駅から外へと出るナナシ。

通常よりも一時間も早い登校なのだから、

当たり前と言えば当たり前だろう。


「コンビニにでも寄って、

昼の弁当でも買うとするか」


最近毎日、朝早くナナシが出掛けるため、

母親もついに弁当を作って

息子に持たせることを諦めた。


ナナシの両親は共働きで

夜の帰宅も決して早い方ではない。


そんな母親が毎日毎日朝早く起きて

弁当を作るといのは

寝不足による体調不良で体を壊しかねない。


ナナシもそのことは理解していたが、

見知らぬ人とのコミュニケーションが

壊滅的なナナシにとって、

たかがコンビニ、されどコンビニ、

まぁまぁの高さの壁となってしまう。


ちなみにナナシには大学生の兄がおり、

そちらはそちらで

全力で間違った方向に突き進んだ陽キャで

兄弟揃ってなにかと問題が多い。


両親が共働きの二馬力だけあって、

そこそこに余裕のある中流家庭で育った筈なのだが

どうしてこんなことになったのか、

両親もさぞや頭の痛いことであろう。


-


通学用のバッグを肩から提げているナナシは、

駅の傍にあるコンビニへと入って行く。


  高校生が一人でコンビニに買い物に来て、

  もっとも大切なこととは何か……


  『万引き犯に間違われないこと』

  これに尽きるな


  この近辺にある他校の底辺な連中は

  万引きの常習犯で、己の犯罪行為を

  まるで武勇伝かのよう仲間に自慢しているらしいからな


  店員もおそらく高校生の入店には

  細心の注意を払っている筈だ


  そんな輩と勘違いされでもしたら

  それこそ末代までの恥というものだ


先日行った奉仕活動の際に

ビッチキラー先輩から聞いた

他校の話を思い出していたナナシ。


  迂闊に商品棚に近寄ってはいけない

  商品をバッグに入れているのではないかと

  要らぬ誤解を招く怖れがあるからな


  商品棚とは距離を取りつつ

  出来るだけ通路の真ん中を歩くのが望ましい


そんなどうでもいいことを考えつつ、

肩から提げているカバンを掛け直した際に

ナナシはあることに気づく。


  な、なんということだ!?


  バッグのチャックが半分開いていた、だと!?


  クソッ! なんという大失態だっ!


  コンビニで、高校生が持っている

  バックのチャックが開いているなど、

  万引き犯として疑ってくださいと

  言っているのも同然ではないかっ!


ナナシは慌てふためき、

急いで自分のバックのチャックを閉める。


  ふぅ、これでいいだろう……


しかしナナシのソワソワ、

モヤモヤした感覚は治まらない。


  いや、ちょっと待て……


  今の行動は店内に設置されている

  防犯カメラで録画されていたのではないか?


  慌ててバックを閉める姿は

  盗んだ商品を急いでバッグに入れる挙動にも見えて

  勘違いされたりするのではないか?

  逆にむしろものすごく怪しかったりはしないか?


  いかにも高校生が

  棚の商品を慌ててバックに入れて

  チャックを閉めました

  そんな風に防犯カメラに映っているのではないか?


思わずナナシは閉めたバックを開けそうになるが

そこはさすがに思いとどまる。


  クッ、ここでバックを再び開けたところで

  不審な行動が増えるだけか……


  しかし、しかしだっ……


  無性に誰かに釈明したいこの気持ちは

  一体どうすればいいのだ?


  誰かに自分の行動は万引きではないと

  知って欲しい、分かって欲しい、この気持ちは


  防犯カメラに向かって、

  バックの中を見せて

  盗んだ商品が入っていないことを

  アピールすればいいのだろうか……


いや、それはむしろ

防犯カメラにバック被せて

犯罪行為に及ぶやからに間違われるだろう。


  レジの店員さんにバックの中を見せて

  自分は万引きなんかしていません、

  無実なんですと訴えるべきだろうか


突然見ず知らずの高校生が  

自分は万引きしてませんとレジに訴えて来たら

頭おかしい子だと思われるのがオチだろう。


  クソッ、もしこれで

  防犯カメラに映っていた自分の行動が不審で

  万引き犯だと思われてしまったら……


  次このコンビニに来た時には

  自分は捕まってしまうのか?


  なんということだっ!

  本日二度目の逮捕案件ではないかっ!


  世の中にはこんなにも

  逮捕されやすい事案が溢れているのかっ!?


今更ながら、分かってはいたことだが

こいつはなかなかに面倒臭い奴だ、

一事が万事すべてがこの調子なのだから。


-


そんな悶々と鬱屈しているナナシの視界に、

商品棚の陰から、角を曲がって、

一人の女性の姿が飛び込んで来る。


ノースリーブのネグリジェのような服装で、

棚の商品を眺めている美しい顔立ちの女性。


いかにも朝まで一睡もしないで

男と何かいいことしてましたと言わんばかりに

なまめかしい大人の色気がだだ漏れている。


色香を撒き散らしながら

気だるそうに歩いている妖艶な女性は

反対側の商品棚を見ていたため、

ナナシのことなど全く意識することもなく

その横を通り過ぎて行く。


女性があまりにもナナシを意識していなかったため、

もう少しのところで

ノースリーブの女の腕と

ナナシの腕はぶつかりそうになるところだった。


すれ違った女性から放たれるいい匂いに

しばし放心状態となり

身動きすることすら忘れているナナシ。


そこでふと我に返る。


  クッ、なんということをしてしまったのかっ!

  いやむしろ、しなかったのか!と言うべきか


  オネイサンとぶつかりそうだったのに

  まるで避けようとしないとは


  これではまるで

  自分がオネイサンにぶつかることを

  期待していたかのようではないかっ!


  ませたエロガキ高校生がたまたまの偶然を装って

  オネイサンとぶつかることを期待していた


  間違って素肌が接触してしまうという幸運を狙った

  ラッキースケベ待ちのようだったではないかっ!


  オネイサンはきっと

  高校生風情のクソガキが

  色気づいてんじゃねえよ

  ぐらいに思ったに違いない


また何やらよく分からない理論を展開しはじめる。


  なぜさっき、

  自分は飛び退いてでも

  オネイサンと接触する気は

  これっぽちもありませんという

  意思表示をしなかったのかっ!


  …………


  いや、だが待て

  そんなに大袈裟に避けては

  さすがにオネイサンが

  逆に傷ついてしまうのではないのか?


  あんな格好でコンビニに買い物に来るぐらいだ

  自分がいい女であるという自負もあるだろうし

  プライドだって高いだろう


  逆にその避ける態度に心を深く傷つけられた

  これはもはや差別だ

  性差別なのか人種差別なのかはよく分からないが

  差別的な何かだと訴えられたりするのではないか?


いやむしろどこに人種的要素があるというのか。


-


そんなネガティブ妄想全開で

弁当の陳列棚までやって来たナナシであったが、

そこにはちょうど先程すれ違ったオネイサンが

弁当を物色している真っ最中であった。


棚の下方にある弁当を取ろうとし

中腰で前屈みの姿勢になるオネイサン。


こともあろうか彼女の臀部がナナシの前に

突き出されるような格好になる。


今回もまた危うくオネイサンのセクシーなヒップと

ナナシの手の甲が接触事故を起こす寸前であった。


  オネイサンのお尻と

  手の甲がぶつかりそうになる、だと!?


  クッソ、なんということだ!

  これではまるで

  先程ラッキースケベで接触し損ねたことが悔しくて、

  再度ラッキースケベを狙って

  オネイサンの後を密かに尾行していたみたいではないかっ!!


  女性に堂々と触ると痴漢になるから

  たまたまの偶然を装って、

  あたかもラッキースケベであるかのように

  痴漢にならない程度に女性に触れることを狙っている……


  クッソ、なんという卑劣な奴なのだっ


  ……


  いやそれ、俺のことなんかいっ!?

  みたいなことになってしまっているではないかっ!



  いや待て、もっと冷静に考えるんだ……

  こんなセクシーオネイサンさんとの接触未遂事故が

  立て続けに何度も起こるということは有り得るのか?


  これはもしかしてトラップではないのか?

  オネイサンの体をはったハニートラップ?


  俺を痴漢に仕立て上げようとしている……

  また逮捕か? 事案が発生してしまうのか?


  いや、きっともっと怖ろしいことに違いない

  ぶつかったが最後、骨が折れたと言って

  多額の慰謝料を請求されるとか


  ま、まさか、これが当たり屋という奴なのか?


尻周辺の骨が折れるというのはそれこそ

車ではねられたレベルの強打になる訳だが。


  もしくはオネイサンに触れたが最後、

  顔に傷のある強面こわもて

  極道関係の方が出て来て

  「兄ちゃん、なに俺の女に触ってんねん」

  「ケツの穴から手ぇ突っ込んで、奥歯ガタガタ言わせたろかい」

  とか言われるパターンの奴なのかっ!?


  どうでもいいのだが、

  「ケツの穴から手を突っ込む」は分かるとして

  その後の「奥歯ガタガタ」がちょっとよく分からない


  ケツの穴から手を突っ込んで、

  腹話術の人形みたいに口をパクパクさせて操る

  それで奥歯がガタガタ言う

  パペットマペット的な意味かなにかか?


  そもそもだ

  他人ひとを威嚇するにあたって

  本当にケツの穴から手を突っ込みたいと思っているのか

  問い詰めてみたい


  それは、趣味か? 性癖なのか?


  すぐに他人ひとのケツの穴に手を突っ込みたがる

  ヤベエ奴、鬼畜、畜生感は確かにあるが

  そういう意味で問題ないのか?


そのセリフが大昔のギャグであることを知らない

ナナシからすればそう思っても無理はないのか。


とにかく、もう何の話だかよく分からないぐらいに

ナナシのネガティブな妄想は際限なく広がっている。



しかしここでナナシは

さらに最悪の事態に気づく。


  ズ、ズボンのチャックも半開き、だと!?


  な、な、なんという最悪の事態……


  これではさすがに

  言い逃れ出来ないのではないか!?


  セクシーなオネイサンの

  後ろ姿に欲情した男子高校生が

  ズボンのチャックを降ろして

  変態行為に及ぼうとしている


  まさにそれにしか見えないではないかっ!!


  しかし、しかしだ

  今こそ先程の教訓を活かさなくてはならない……


  ここで慌てふためいて

  急いでチャックを上げてしまうと


  オネイサンのお尻の背後で

  股間に手をやって

  チャックを上げ下げしている

  より一層ヤベエ奴になってしまうのだっ!!


  上げるも地獄、上げないも地獄

  この世はまさに生きているだけで地獄ということか


  これがまさしく詰んでいるという状況なのか?

  クッ、俺は一体どうすればいいと言うのだ!?


独り脳内で大騒ぎしているナナシであったが、

セクシーなオネイサンからすれば

ナナシのことなどこれっぽちも眼中にない

というか文字通り、物理的に、

最初から最後まで視界に入ってすらいなかった。





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