ナナシのネガティブな昼休み(1)

午前中の授業が終わり、

昼休みを迎えた学園。


学園内の食堂脇にある自動販売機で

コーラを買うのが

ナナシの昼休みの日課になっている。


ナナシ的には一日一回炭酸飲料が飲みたくなって

たまたま昼休みに買っているぐらいなもので、

そこに何の理由も深い意味もない行動なのだが、

それがなんとなく日課となってしまっていた。



ナナシの横には学食に並ぶ生徒達の列。

そこで割安で提供されている昼食は

味がなかなか良いと生徒達の間でも評判である。


だが、ナナシ的には

学食で昼食をとるという選択肢は有り得なかった。


  あんな不特定多数の場所で

  どこから誰に見られているのか

  分からないというのに……


  堂々と食事が出来るというのが

  全く考えられんな……


  もちろん経験したことなどないから

  よくは分からないが


  食事中における人間の姿と

  性行為中の人間の姿は

  類似が多いと言うではないか……


よく知らないのに俗説を信仰して

博識ぶっている辺りは

いかにも高校生らしいとも言える。

確信がないのに妄信している辺りもお年頃なのか。


  つまりだ、

  食事をしているところを

  他人に見られるというのは

  恥しい姿を見られているのにも等しい


  そんな姿をだっ!

  これだけ多勢の

  不特定多数の人々の前でさらけ出すなど


  それはもう

  公然猥褻と言ってもいいのではないかっ!?


  お前ら全員見せたがりか?

  露出狂なのか?


  いくら十代とはいえ

  どれだけどエロいのだ、お前達はっ!!


多感な時期の十代、

食べている姿を見られたくないと思う子も

確かに一部には居るだろう。


だがそれをすべて猥褻行為と呼んでしまっては、

外食はすべて淫らな行為になってしまうし、

飲食店はすべて猥褻な店舗、

風俗店扱いということになってしまう。


要は個人の感性次第ということになるのだが、

普段の食事姿に

エロスを感じるということであれば、

それはもう感じる側に

類稀なるエロスの素養があって、

並外れたエロスの才能を持って生まれた

選ばれしエロスのエリートだ、

とだけは言っておこう。


  もぐもぐタイムなどと言って

  食べている姿が可愛い

  などという風潮もあるようだが

  どうにも解せんっ!!


そんな考えで学食を忌避していたナナシ、

だがそれは学食に限った話しではなかった。


これから教室で弁当を食べるつもりのナナシだが、

教室が安全圏という訳でもなかったのだ……。


-


結局、箸が無ければ

さすがにどうにもならないということで、

あれから違うコンビニで

もう一個弁当を買う羽目になってしまったナナシ。


育ち盛りだけあって食欲旺盛、

お弁当二個もそれだけでは苦にはならない。


  ……やはりか

  混ぜご飯のようになってしまっているではないか……


通学カバンの中で斜めになって

汁漏れこそなかったものの

中身が偏ってぐちゃぐちゃになっている様に

落胆の色を隠せない。


  こんなものを誰かに見られる訳にはいかんな……


中身ぐちゃぐちゃの弁当を

クラスの誰かにつっこまれたら

一々説明しなければならないし、

間違いなくそれはそれで面倒臭いことになる。


机の上に弁当を置くと

すぐにそれを自分の体で覆い隠すように上半身を曲げ

弁当を食べはじめるのだったが……。



女子達が何やらヒソヒソ話している声が

ナナシの耳に聴こえて来る。


ナナミ以外のクラスの女子と

話したことがないナナシには

それが誰の声かも分からない。


それが確実に自分のことについて

言及しているのかも定かではない。


ただ単にたまたま偶然、

食事のマナーについて話していただけなのかもしれない。



「……犬食いでご飯食べる人とか、最悪じゃない?」


「わかるぅ〜 なんか汚らしい感じするよね」


「お箸の使い方が変な人も、嫌かなぁ」


  ……


  ……なんだか、

  自分のことを言われているような気がしてならないのだが


こういう時、迂闊に慌てて

キョロキョロ周囲を見回してはいけないことを

ナナシは身をもって知っている。


そんなことをして

その話をしていた女子と目でも合おうものなら

まぁまぁの地獄になることは何度も経験している。


  いや、おそらく思い過ごしだろう……


  ここにいるクラスの女子が

  貴重な昼休みの時間に

  陰キャの自分なんぞについて語る価値など、

  どこにあると言うのか?


  わずか数分でも

  そんな話をする時間があるのならば

  その時間をもっと有意義な話題に使う筈だ


  昨晩見たテレビ番組の話しでもしていた方が

  まだ建設的な話題だと言えよう



そんなナナシの脳裏には

中学時代のことが思い浮かぶ。


  ……


  ……とは言えだ


  本人に直接言う訳でもなく


  絶妙な距離感で

  ヒソヒソ話風を装いつつも、

  本人に聴こえるように

  陰口を叩くというのもまた

  女子というもの


  中学の時はだいたいそのパターンだった


  お前ら、聞こえているからな!

  本来ならそう言ってやりたいところだったが


  聞こえないフリをして

  気づかないというていを貫き通す

  動揺を気取られないようにする


  そこで動揺を見せてしまうと

  面白がってさらにつけあがって

  笑いながら追い討ちを掛けて来る……


  もしくは

  なぜか女子が急に無言になって

  楽しい昼休みが終わっても

  後味の悪さだけがいつまでも残る……


  酷い時などは、

  なんだか全くよく分からないが

  女子の方がいきなり泣き出す……


  なんで陰口を叩かれている自分の方が

  気をつかわなくてはいけないのか

  

  とにかくだ

  いろんなパターンの地獄が予想されるので

  決して気づかぬフリをして反応しない

  これでやり過ごすに限る


聞かれていないフリをする女子達と

聞こえていないフリをするナナシ、

高度な情報戦的な駆け引きだったのか、

それともただの茶番だったのか。



気にしない、意識しないようにと

自らに言い聞かせるナナシだったが、

そんな意志とは裏腹に

全神経は両の耳に集中してしまっている、

体は正直とはよく言ったものだ。


女子の会話、

その続きが聞こえそうで聞こえない、

胸のザワザワ、モヤモヤが

どうにもおさまらない。


妙な所に神経質だったりするナナシ、

普段気にしないようなことでも

一旦気になり出すと

止めどなく気になってしまう。



そこからは途切れ途切れにしか

女子達の言葉は分からなかった。


もしかしたら

ナナシの聞き間違いなのかもしれないし、

幻聴なのかもしれない。


もしくは本当にどストレートに

ナナシのことを悪く言っているのかもしれない。


真実は闇の中。



「……なんか、いつも弁当食べる時、コーラ飲んでない?」


「ご飯にコーラとかおかしいよね?」


「普通お茶とかじゃない?」


  そんな風に、聞こえた気がする……


  やはり、自分のことを

  言われているような気がする……


  いや、思い違いなのか


  そもそも女子が自分のことを

  そんなに語る必要があるとは思えない



意識が完全に周囲へと向かってしまい、

食べている弁当の味ですらまるで分からない。

形式だけご飯を口に運ぶ作業だけを繰り返す。


女子男子問わず、

教室にいる全員に注視され

監視でもそれているような気がしてならない。


自分の一挙手一投足が

取りただされ嘲笑されているような感覚。


さすがにもうこうなると

ナナシも気持ちを立て直すことが出来ない。


  ……やむを得ない

  ここは、離脱するしかない……


まるで何事もないかのように平静を装って

弁当をカバンに入れ直し、

さも用事でも思い出したかのように

教室から立ち去って行くナナシ。


だがその動きはぎこちなく

微かに手足は震えていた。



  なるほど、これが

  便所飯をしたくなる人達の心境というものか


  そもそも学校という所は

  個室というものがほぼない


  そちこちに個室なんぞあったら

  そこでどんな悪さをしでかすか

  分かったものではないだろうから

  道理と言えば道理なのだが


  音楽室や美術室など

  昼休みに人がいない教室はあるかもしれないが

  鍵が掛かっていたり

  部活の人間が使っている可能性もある


  学校で完全に他者の目を遮断して

  一人になれる場所


  それはもうトイレの個室しかない


  そう考えると自分のような

  他人の目を常に気にする

  陰キャ一族、我が同胞が、

  便所飯を流行らせてしまったというのは

  極めて自然な流れなのかもしれん


  だが、だがだ……

  若干潔癖症も入っている

  クリーンな陰キャを自称する自分としては

  便所飯だけはどうしても受け入れられん……


まるで陰キャにもいろいろ派閥があるような言い方。

きっと何日も風呂に入らない

ダーティーな陰キャなどもいるのだろう。


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