駅にカニが落ちている、だと!?

「ナナシくん、

昨日あった事件を知っているかい?」


  ビッチキラー先輩の時は

  こんな喋り方をするのか……


  なぜ男口調? まぁいいが


「いえ、すいません、

まだニュースをチェックしていなくて

知らないです」


「某所でね、

駅の地下通路にカニが落ちていたそうだよ」


  駅にカニが落ちている、だと!?


  いや、それニュースになるのか?

  いくらなんでも日本平和過ぎないか?


「はぁ……

誰かの落とし物とかでしょうか?」


「みんなもそう思ったのか、

面白がったのかは分からないが


それを見た人達が

スマホで動画や画像を撮って

SNSでネット上に拡散したらしいのだがね……


それが実はストーカーの罠でね


ネットで拡散された動画、画像から

カニがあった近辺に住んでいる女性の

SNSアカウントを特定し


アカウントにUPされている内容を分析して

個人情報を調べ上げて

ストーキングをはじめたらしいのだよ」



  何、だと!?


  事実は小説より奇なりというが

  リアルに小説を越えて来るのはNGだろ


  ストーカーとは本来

  好きな女性などがいて

  その人のことを追い続け

  好き過ぎるあまりに

  ストーキング行為に及ぶものではないのか?


  そんなまるで誰でもいいみたいな

  お手軽ストーキングが

  今ストーカー界隈では流行っているのか?


  それではまるで

  無差別ストーカーではないかっ!


  もうそれがありならこの世は

  ストーカーパラダイスだろっ!?


  な、なんという

  おそろしい時代がやって来ているのだ……



ビッチキラー先輩の話に愕然とするナナシ、

そんな与太話のような出来事は

にわかには信じ難い、

まさに事実は小説より奇なり。


「なのでね、私は今日

駅付近を重点的に調査しようかと思うんだ」


「なるほど、

模倣犯が現れるかもしれないということですね」


「その通りだ、軽い気持ちで

真似ようとする輩がいるかもしれない」


「まぁ、私個人としては、

そのカニがタラバガニだったのか、

越前ガニ、松葉ガニ、どれだったのか

大変気になるところではあるがね」


  気になるところ、そこなんですね


それぐらいにしか思っていなかったナナシだが。


-


学校の最寄駅、

その中に入りパトロールをして回る

ナナシとビッチキラー先輩。


すると、駅のホーム端、

上り進行方向最前で

女子高生達が何やら

騒いでいる様子が聞こえて来る。


「やぁ、なんで

こんなところにカニがいるのぉ?」


  やはり、駅にカニがいる、だと!?


  クソッ! 模倣犯がすでにいるのか……


  しかし『落ちている』ではなく、

  『いる』というのはどういうことだ?


ナナシは運動音痴ではあるが

全力で現場へと駆け付けた。


そこにはホームの乗車口の先頭で

まるで電車が来るのを待っているかのような

大きなカニの姿があった。


  ……タ、タカアシガニ、だと!?


妙に足が長くて、大きなタカアシガニ、

まるで異世界のモンスターのような姿、

もちろんその辺の

店頭で売っているようなものではなく、

水族館ぐらいでしかお目にかかれない代物。


  ス、ストーカーの仕業……なのか!?


  いやいや、ちょっと待て


  これどこかから

  逃げて来たんじゃあないのか?


  ストーカーの罠にしては

  ハードル高過ぎないか?

  難易度レベル上げ過ぎだろっ!


  そもそもこれ、その辺で売ってないだろ?


  水族館かどこかから

  盗んで来たんじゃないのか?


  ストーカー以前に

  泥棒とか不法侵入とか

  そういう事件の奴じゃあないのか?


  それに、ここまでどうやって連れて来た?

  この付近に水族館とかないぞ?


  もうこれストーカー関係なく

  ただのミステリーだろっ!!



ナナシが一瞬でそんなことを考えていると、

女子高生達はスマホを取り出し

眼前にいるタカアシガニを

写真や動画に収めようとしていた。


  いけない!


  それがストーカーの罠なのか

  怪奇現象的な

  ミステリーなのかは分からんが


  危険性がある以上

  そんな迂闊なことをしてはダメだっ!


ナナシは格好良く

そう女子高生を制止する予定であったが、

ただでさえコミュ障で

女子の前で話す時は声が震えるというのに、

喉も口もカラカラに乾き切ってしまっており

もはや声を出すことすらままならない。


  いけない! このままでは

  女子高生がストーカーの罠に……



「ふんがぁぁぁっ!!」


その絶対絶命のピンチに

颯爽と現れたビッチキラー先輩、

左足を大きく後ろに引くと

そのまま勢いよく足を振り切って

タカアシガニを蹴り飛ばした。


  ビッチキラー先輩!


  黄金の左足!!


蹴り飛ばされたタカアシガニは

見事な放物線の弧を描いて

クルクルと回転しながら空へ飛んで行く。


  駅のホームで

  電車を待っていたタカアシガニが、


  白頭巾を被ったヤベエ不審者に蹴り飛ばされて

  どこかへ飛んで行った


  何を言っているのか

  分からないと思うが、


  俺も何を言っているのか

  よく分からない



「ふんっ!」


鼻息の荒いビッチキラー先輩。


  ビッチキラー先輩……


  あんた、あんた、漢(おとこ)だよ


いや中身は女なんだが。


  ビッチキラーを名乗っておきながら、

  いざ女子高生が

  ストーカーの罠に嵌められそうになったら、

  颯爽と現れて助けてしまうなんて……


  それって、あんた、

  もうヒーローだろ!?



覆面を被っているので

よくは分からないが

中の人であるビッチキラー先輩、

ドヤっと言わんばかりに

女子高生達に向かって

決めポーズをとってみせる。


ただまぁこの人の場合、

決めポースというのは当然ながら

中指を上に突き立てるポースな訳で。


「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」


女子高生の悲鳴が

駅のホームに響き渡る。


「変な人がっ!」

「痴漢よ、痴漢っ!」


白頭巾で白衣を着て

白マントを羽織っているので、

女子高生も性別が分からなかったのであろう。


女子高生は口々に叫びながら

走って逃げて行く。



これでようやく

ビッチキラー先輩を不審がる

人間が現れたということで、

ナナシもさぞかし

溜飲が下がる思いだろうと思われたが、

そっちはそっちで変なモードに突入していた。


  守ってあげた筈の女子高生に

  その異形の姿ゆえに誤解されて、

  それでも悪のストーカーと

  日夜独りで戦い続ける……


  それって、あんた、

  もう仮面ライダーだろ!?


いや仮面ライダーどころか、

見た目モロに敵の大首領なのだが。



「ちょ、ちょっと、

そこの君、待ちなさいっ!」


女子高生が通報したのであろう

駅員が駆け付けて来る姿を見て、

ビッチキラー先輩は

颯爽とその場を後にする、

白いマントを風になびかせながら。


-


なんとか駅員から逃れた

ビッチキラー先輩と

駅の外で再び合流するナナシ。


しかしそこに顔がタカアシガニで

筋骨隆々の体をした謎の怪人が出現し

こちらに向かってやって来る。


  タ、タカアシガニ怪人、だと!?


身構えるビッチキラー先輩。


  もうこれタカアシガニの祟りだろ!?


「よう、お前ら、

空からタカアシガニが降って来たんだが、

これどうしたらいいかな?」


タカアシガニがひょいっと動くと

そこには見覚えのあるマスクマンの顔が。


  タカアシガニの中から

  マスクマン出て来るとか

  もうメチャクチャ過ぎるだろ、これ!


飛んで来たタカアシガニを

たまたま拾った筋肉部長が

担いでここまで運んで来たのだった。


「美味そうだから、

みんなで食いたいところなんだがな、

拾い物だから、そういう訳にもいかんか」


筋肉部長はそう言って豪快に笑う。


  ストーカーの罠かもしれないのに

  食う気だったんかいっ!!





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る