結局入部する、だと!?

「ビッチキラー先輩、

おはようございます!」


  ビッチキラー先輩、だと!?


  ば、馬鹿なっ!!

  この目の前にいる美女が

  某団体所属みたいな白頭巾を被って

  凶暴性をむき出しにした狂犬、

  ビッチキラー先輩だと言うのか?


「チッ」


ソッポを向いて舌打ちする眼前の美女。

その眉間にはしわが寄り、

険しい顔が若干引きつっている。


  なるほど……

  この舌打ちは、昨日何百回も聞いて

  今なお耳から離れない

  あの舌打ちに間違いない


段々と回数が盛られているようだが、

こうやって人間の脳内にある記憶というのは

改竄(かいざん)されて行くのだろう。


ナナミは白頭巾から見えていた目元、

目の形状などで

この美女がビッチキラー先輩であることを

一目で見抜いたのだった。


「『ビッチキラー』というのは、

部活内での呼び名だから、

部活外では『サイ子』と呼んでもらえるかしら?


あなた達と同じく、

学籍番号末尾三桁が『315』で『サイ子』よ」


声も落ち着いていて

品の良い大人の女性を感じさせるサイ子先輩。


-


「普段は白頭巾ではないんですか?」


やはりそれが気になって仕方がないので、

思い余ってたずねてみるナナシ。


「まぁ、普段からあの格好というのは、

まだ学校側にもさすがに認められていないわね


マッスル部長は認めさせる気でいるようだけど」


「それに私の場合は、

普段と素顔を隠している時の

比較検証が必要になる訳だから、

ずっと顔を隠していると実験にはならないのよね」



「それよりも、ナナシくん、

個人情報保護部に入部してくれる気には

なってくれたかしら?」


  入部、だと!?


  すごいな、この人も

  よく昨日のあれで

  入部意欲が湧くと思ったものだな


  いや確かに個人情報保護主義者の自分とすれば

  これ以上はないぐらいに

  マッチングした部であるのだろうが


  あの中で自分は果たしてやっていけるのか……


「はい、はーい! もう絶対入部しまーす!

すぐにでも入部届け出しますね」


「チッ」


「あなたには聞いてないわ、

私はナナシくんに聞いているの」


「個人情報保護部も

今でこそ六人居るけど、

私達三年生が卒業したら

二年生の二号一人だけになってしまうでしょ?


そうなると廃部になってしまう可能性があるから

今年は新入生勧誘に力を入れようかと思っているの」


  それ、あなたが追い出したんですよね!?



「あぁ、悪役が改心した的なパターンですかね」


サイ子先輩に対抗心を燃やしはじめたナナミが

地雷を踏むどころか、

核のコアを貫くようなことを言い出した。


  クッソ、この女、マジか!?

  こいつのメンタルは、もはやダイヤモンドか?

  ダイヤモンドはくじけない的な何かか?


  他人との摩擦を恐れ、面倒臭いと感じ、

  その場は適当にお茶を濁す、

  やり過ごすというのが

  陰キャの常套手段、それが陰キャの処世術


  自分さえ黙っていれば

  すべてが丸く収まる、すべてが上手く行く、

  そうよく訓練されているのが我々だ


  だというのにだ、

  陽キャというのは

  ここまで好戦的だというのか?


  こんなに好戦的であれば

  永遠に争いはなくならないし

  すぐにでも戦争が起こってしまう

  世界平和はいつまで経っても

  やって来ないではないかっ!


なぜか世界平和まで語り出すナナシ、

妄想だけなら他の追随を許さない。



「あら、今何か声が聞こえたような気がしたけれど、

気のせいかしらねぇ」


「あれぇ? そうですか?

気のせいじゃないですかねぇ」


「チッ、ゴミがっ」


そう呟(つぶや)くサイ子先輩、

いつもの舌打ちだけではなく

一言入れてバリエーションを披露する。


  こ、これは……

  平日の昼間にやっている

  主婦が毎日欠かさず観るという

  ドロドロしたドラマ、

  姑とか小姑とか、

  その手の類(たぐ)いではないのか?


女子二人の衝突に戦々恐々、震えるナナシ。


一見、素顔と白頭巾のギャップで

正反対、真逆の人物かと思っていたナナシだが、

改めてこうして話してみると

挙動、言動の端々に確かに

ビッチキラー先輩と共通する

サイ子先輩が抱えた闇が見えて来る。


  なるほど……

  これは確かにまだ検証が必要かもしれんな


  検証よりも精神科医の診療の方が

  必要だという気がしなくもないが


  これではまるで多重人格ではないか

  まさしくサイ子パスか



「ご心配いただかなくても、

ナナシくんは私が責任を持って勧誘しますから」


密着してナナシの腕を引っ張るナナミ。


「あら、新入生に

新入生の勧誘をさせる訳にはいきません、

ここは責任を持って私が勧誘しなくては


ねえ、ナナシくん?」


対抗心剥き出しのサイ子先輩もまた

ナナシの腕を体に密着させて引っ張った。


  なん、だと!?


  これはラノベなどによく見られる

  ハーレム的な展開の何かではないのか?


  そんなものはSFや異世界ファンタジーと等しく

  架空の、想像上の産物に過ぎないはず


  そう、それはこの世界の秩序を、因果律を乱す、

  この世にあってはならないもの


  しかし、もうすでに俺の腕は、

  これまでの人生で

  幼い頃に母に触れた感触以来

  触れたことのない何かに

  触れてしまっている……


  一体どういうことだっ!?

  そんなラッキースケベ的な何かが

  この俺の身に降りかかっているというのか?


  …………


  いや、落ち着け、

  よく落ち着いて考えるんだ


  二人は今、対抗心で

  我を忘れてしまっているだけだ

  

  サイ子先輩は心の中、本心では

  『この生コミが』と

  俺のことを思っているであろうし


  ナナミもまた次はいかにして

  トラップを仕掛けようか、

  そのことに腐心しているはず



  いや、待て

  これもまた何かのトラップそのものではないのか?


  しかし、この展開から

  どんなトラップにつながるというのだ?


  …………


  そうか、そういうことか

  個人情報保護部に入部すること自体が

  悪質なトラップそのものということだなっ!!


  女子二人が体を張ってトラップにハメる

  今度こそ、これが正真正銘の

  ハニートラップと言う奴か!!


見えている地雷と分かっているのなら

最初から入部するなよと思うのだが、

結局美少女二人の強引の押しに負け、

ナナシは個人情報保護部に入部することになる。


-


「他の先輩達も

普段は顔を出しているのですか?」


とりあえず場が落ち着いた頃合で

ナナシは質問を続けた。


「そうね、部長と二号、

あたしと占い師は普段は顔を晒しているわね」


「でも『忍田』と『全身タイツ』に関しては、

私達、部のメンバーも素顔を見たことがないわ


部活で喋る時は

ボイスチェンジャーを使う念の入れようだもの


男か女か、どんな素顔なのか、

普段は学園のどこに居るのか、

なんて呼ばれているのか、

まったく正体不明なのよ」


「素敵ですねぇ、

ミステリーやサスペンス映画みたいで、

ワクワクしちゃいます」


目を輝かせているナナミ。


「チッ」


険しい顔で舌打ちするサイ子先輩。


そして、先程から、

体を右に左にクネクネさせながら

小柄な生徒が三人の回りをうろついているのだが、

これに気づかないようなのだから

そりゃまぁ一生正体に気づくのは無理だろう。





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