こ、これが個人情報保護部、だと!?

「おう、なんだ一年か

どやら部活見学のようだな?」


プロレスラーのような巨漢のマスクマンは

部室の中に居る後輩に呼び掛けた。


「おい、二号、

一年生が来たぞ」


巨漢マスクマンの代わりに

二人の前に現れたのは、

やはり学生服にマスクを被った男、

しかし先程の巨漢とは違い

背もさほど大きくなく中肉中背といったところか。


  とりあえず、友好そうではあるが……


  もしかするとプロレス同好会か何かと

  間違えてしまったのか?


「よく来てくれた、

俺は二年生で、ここでは『二号』と呼ばれている」


マスクマン二号はそう言うと、

二人を部室の前で待機させた。


「まず部室に入る前に説明させて欲しい……」


「この部は……

個人情報保護の社会実験の場であれという

本学園の理念を実践すべく、

各人が様々な考えで実験、研究を行っている


部室の中に入っても

決して危険ではないし

どうか怯えないで欲しい」


  マスクマン二人の登場に比べれば

  この先そうそう驚くこともないだろう……

  この人には、自分が

  ビックリの塊であるという自覚はないのか?


  それに、危険、怯えるというのはどういうことだ?

  その実験とやらが

  とても危険そうに見えるから怯えるなと

  事前に注意喚起したということなのか?


「それでは、中に入ってもらおうか……」


-


  こ、これが……

  個人情報保護部、だと!?


ナナシは自らが立てたばかりのフラグを

見事にバキバキにへし折って、

ビックリして呆気にとられた。


部室内に居るのはあからさまに

疑いようもなく胡散(うさん)臭いおかしな人達。


先程の覆面レスラーの他に、

白頭巾、忍者装束、フル全身タイツ、

占い師風フェイスベール、

まるで仮装でもしているかのような

個性的な姿をした面々が座している。


  危険、危ないとは

  キ○○イ的な意味、なのかっ!?


  怯えるなとか無理だろ! これ


  こんなの怯えるに決まっているではないか

  サイコパス的な意味で


  も、もはや、これは、

  ただの奇人変人の集(つど)い!


若干引き気味のナナシとは対照的に

目をキラキラと輝やかせているナナミ。



そんな二人を前にして

マッスル二号は紹介をはじめる。


「まずはさっき会ったのが

三年生の『マッスル部長』、

別名『筋肉部長』とも呼ばれている。


三年生同士の間で時々言い争いになった際、

『脳筋部長』と呼ばれることもあるが、

下級生は決してその呼び名を使ってはならない、

部長のラリアットは首がもげるからな。


マッスル部長は、顔を隠した状態で、

己の肉体、体格だけで

個人が特定されることはありうるのか?

という研究テーマに取り組んでいる、

だから体を個性的に仕上げようと

日々鍛錬を積んでおられるのだ」


「それで、実験は成功したのですか?」


食い入るようにナナミは

マッスル部長を見つめた。


「いいや、だめだ……

今のところはせいぜい

プロレスラーに間違えられるのが関の山だ」


無念そうな顔で首を横に振る部長、

プロレスラーに間違えられる方が

むしろすごいのではなかろうか。


-


マスクマン二号は、右から順に

座っている先輩を紹介して行く。


「次は……」


白い尖(とん)がり頭巾を被って

目元以外の顔を隠し、

白衣を着ているその姿は

もはやアレにしか見えない。


  こ、これは……もはや

  名前を出すのもはばかられる

  人種差別主義者のメンバーではないのか!?

  大丈夫なのか? これ


そう思うのはきっとお前だけではないだろう。


「こちらがビッチキラーパイセンだ。


ビッチキラーパイセンは、

素顔を隠した際の人間に及ぼす心的影響、

特に攻撃性、狂暴性について研究しているのだ。


ネットでも、匿名性が高い方が

攻撃的な書き込みが多くなったりするだろ?

それをリアルで検証してみようという訳だ」


全身白装束のビッチキラー先輩は

中指を上に突き立てている。


  これ、もう既に

  検証の結果が出ているのでは?


「一年女子の君……」


「あ、ナナミと言います」


「そうか、ナナミ君か……

とても残念なことだが、ナナミ君、

君はもう既に

ビッチキラーパイセンのターゲットとして

ロックオンされてしまっているようだ……


この突き立てられた中指は

間違いなく君に向けられている。


ビッチキラーパイセンは、

その呼び名の通り、同性に対して非常に厳しい


今の二年、自分達の代も

最初は自分の他に女子が四人居たのだが、

ビッチキラーパイセンがいびり倒して

追い出してしまったのだ」


親指で首を掻っ切るポーズをしてみせ

その親指を下に向けるビッチキラー先輩。


  いや、だからもう

  これ以上検証する必要ないだろ、この人


ナナミはさぞビビっているだろうと思いきや、

まずます目を輝かせている。


「本当ですか!? 光栄です!

あたし一度そういう女子のドロドロした

最前線を体験してみたかったんですっ!」


まぁ、この辺でそろそろナナシも

気づくべきではあったのだ。


「チッ!」


それまで黙っていたビッチキラー先輩が

思いっ切り舌打ちしてそっぽを向いた。


-


「こちらが忍田(しのびだ)パイセン、

『忍田』というのももちろん仮の名前だ」


忍者装束に身を包み、

わずかに目元のみを露出させている

小柄で華奢(きゃしゃ)な体格の忍田先輩は

手を上げて挨拶した。


「忍田パイセンは、存在感の薄い人間は

どれぐらい個人情報を取得されづらいか?

という研究をされている。


存在感を消すための忍者装束という訳だ」


  いや、むしろ存在感ありまくるだろ、それ!


「すごい!

小柄で華奢だから、知らなければ、

男性か女性かも分からないではないですか!」


忍田先輩は大きく何度も頷く。


  なるほど、

  おそらく声を出すと性別がバレるので

  ずっと黙っているという訳か


「チッ!」


横のビッチキラー先輩が再び

聴こえるような大きな音で舌打ちをする。

どうやらナナミの発言を媚びていると思い

気に入らなかったのだろう。

既に二人の間には

まぁまぁの修羅場感が出ている。


-


「そしてこちらが、占い師パイセン」


まるで占い師のような衣装を着て、

頭から布を被り、目元から下を

フェイスベールで隠している占い師先輩。


「占い師パイセンは

中東の女性に見受けられる顔を隠す文化と

個人特定率の関係を研究している」


「……全く占いは出来ませんが、よろしく」


  その呼び名と見た目で、

  全く占いが出来ない、だと!?


  なんたるトリッキー、

  これもまた占い詐欺ということなのか?

  まぁ、占ってすらいないが……


「あちら方面はいろいろ言うと

多方面からツッコミが来るので、

詳細は割愛させてもらうとしよう」


マスクマン二号はそう言うと

最後のメンバーを紹介した。



「最後が、全身タイツパイセン」


この全身タイツ先輩、

普通にイメージされる全身タイツとは異なり、

顔まで完全に隠す

フルタイプの全身タイツを着用している。


なので見た目的には一番異様で、

常に右に左にくねくね動いているのが、

より一層奇妙さを醸し出している。


  何か奇妙にくねくね動いているんだが、

  これは本当に人間で問題ないのか?


  中身は人間以外の、

  別の何かです、と言われたら

  そうかもしれないと信じるぞ、これ


「全身タイツパイセンは、一見窮屈そうに見えて、

耳や目も覆われたパーフェクト全身タイツ状態が

なぜかもたらす解放感について研究されている」


  えぇっ!?

  もうそれ個人情報関係ないのでは!?

  ただの性癖ですよね!?


「すごい! 確かにそれだと

髪型も年齢も表情も全く分からないですよね!」


こちらもまた小柄で華奢であるため、

性別もよく分からない、

ツルペタな女子のようにも見えるし、

子供っぽい男子でも通じる微妙なライン。


「チッ!」「ドンッ!」


ナナミの発言に

ついにビッチキラー先輩は

舌打ちだけでなく、机まで叩きはじめたようだ。


-


「これが今現在の

個人情報保護部の部員六名になる」


  男子二名、女子二名、性別不明二名……


  LGBTが取りざたされている昨今、

  まさか違った意味で

  性別不明が二名もいるとは……

  おそるべし、個人情報保護部……


個人情報保護を究極に突き詰めたならば、

行き着く先は性別不明ということになるのかもしれない。


「勘違いしないで欲しいのは、

我々は別にふざけている訳ではない、

真剣に各人の研究として取り組んでいるんのだ」


  それ、余計にヤベエ奴等じゃねえか!


ナナシの心の声も

ついつい荒ぶって乱暴になってしまう。


その一方で目をキラキラさせて

先輩達に質問をはじめるナナミ。


さっきから何度もビッチキラー先輩の

「チッ!」「ドンッ!」が部室に響いてうるさい。


  ちょ、ちょっと待て

  そういえば、さっきからなんなのだ

  この展開は?


  俺がツッコミ役をやっている、だと!?


  このいかにもツッコミをやりそうな美少女が

  ノリノリで乗っかって行き、

  俺が心の中でツッコんでいる……


  むしろここはこの女がドン引きで

  俺が変人同士として心を通じ合わせる

  本来そうあるべきではないのか?


  それ程までにこの女の

  コミュニケーション能力と環境適応能力は

  すごいということなのか?


  俺の唯一の取り得、他人と異なる個性は

  変人であること

  それだけだと言っても過言ではない


  だからこそ変人同士として

  共感し通じ合うべきは俺で

  そのポジションですら

  この女に奪われてしまうというのか?


  クッソ、この女

  一体どれだけ俺の心の拠り所を

  奪えば気が済むというのだ!


  陽キャの美少女プロJKには

  陰キャ同士のコミュニケーションすら

  敵わぬということなのか!?


鈍感なナナシはまだ何も気づいていなかった。

一見普通の女子高生であるナナミも

本当は大概の変わり者であることに。

まぁ、ナナミ自身が変わり者というよりは

変わり者が好きと言った方がいいのかもしれないが。





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