海の魚
時々自在に水の中を泳ぎまわりたい気分になる。あの浮遊感は重量だけでなく自分が人間だったことも忘れていく気がする。
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常にゆらゆら動いて。酔っ払ったような、目眩のような夢だった。
大きな豪華客船。静かで暗い海に、唯一賑やかな船があった。いくつもの電飾で飾られ、そこだけ異様に明るいのですぐわかった。富豪や令嬢、招待されたVIP達、ドレスやスーツに身を包んだ大勢が甲板のステージに集まってグラスを掲げている。
自分はそれを海から見上げていた。暗い水面には自分と同じような人影がいくつも浮かんでいた。
記憶の回想を見ているような感じで、瞬く間に時間が進んだ。
目の前には半分ほど沈んだ船、傾ききった甲板から悲鳴が聞こえる。海に落ちた者は、水の冷たさを知るより早く、海に引きずり込まれていた。
自分も慣れたようすで水に潜ると、するすると蛸か水蛇のような素早さで泳いでいき、人を掴んで海の底に連れ去った。その後、その人や自分がどうなったかはわからない。
次の場面は、沈みかけの大きな瓦礫に腰を下ろしながら、同族達と談笑しているところだった。
”みんな”は水面に上がっている上半身しか見えていないが、下着をつけていないことや足の感覚が違うことから、「人魚」という言葉が浮かんだ。自分も含めた人魚達は女性が多く、見えている人間に似た肌は所々グロテスクで、そして性質が悪い。
人魚達は、おそらく海に引き込んだ人間達を食べていた。船の客中に人間に化けた仲間が潜んでいたようで、ドレスを引き裂きながら泳いでいたり、口紅をつけたまま笑顔で人を引きずり込んでいる者もいて、中々ショッキングな様子だった。
腹が満たされた者達は、次に船の残骸や、
辛うじて生き残っている人間達で遊び始めた。客室から荷物を持ってきたり、見慣れない人間の道具で好き勝手に遊んだり。人をどうこうしてる方には、趣味ではないのか行かなかったが、聞くに絶えない醜い悲鳴だったり、ばらばらになった手足を持って泳ぎ回っている者達がいるのは見てとれた。
しばらくして、誰かが「見目のいい人間が生き残っているらしい」と言いにきた。丁度暇を持て余していた自分は、教えられた沈みかけの瓦礫に向かった。
既に数人の人魚達が集まっており、笑い声の中心に、瓦礫にしがみついている男がいた。男はガタガタと寒さに震えながらも懸命に耐えており、それを囲んで盗んできた宝飾品や道具で不恰好に着飾った女達がケタケタ笑っていた。誰が持ってきたのかピストルやらナイフやらを格好だけ真似て構えたり(水没しているので撃てるわけはないが)、好き放題していたが、男は何故か落ち着いていた。もしくはそんな異形の女達に構っている余裕もないほど衰弱していたのかもしれない。
そんなとき、遠くで悲鳴が上がった。同族の人魚の悲鳴だ。ほんの小一時間前、自分達が楽しんで殺した人間達とよく似た__断末魔だった。
本能的に自分は瓦礫の上に上がった。瓦礫より遠くで泳いでいた者から順に、醜い声を上げて水の底に吸い込まれていった。ケタケタ笑っていた女達も、何が何だかわからないがやばい、とパニックを起こしながらも瓦礫の上に上がった。青い顔でようやく瓦礫の端まで泳いできた者がいたが、目があった次の瞬間「ぐぎゃっ」と叫んでそのまま海に戻っていって、上がってこなかった。
瓦礫に避難した人魚達は、びくびくしながらその辺にあった石や荷物やらを投げこんだ。一人が「もう大丈夫」といって水に入って、シュレッダーに挟まった玩具ようにバキバキと噛み砕かれていくのを見た。色々考えて、また誰が持っていたのか例の手足があったので、遠くに投げ込んで、ようやくそれが巨大な魚だとわかった。
鯨のような、鮫のような、沈む前の豪華客船より一回り大きいかというほどの巨大な白い魚だった。
誰かが古く伝えられているその名前を呼んだ。逃げられない、と悲鳴を上げた。
人魚である自分は、殺人や食事にほとんど罪悪感がなかった。食料とする人間が殺されていてもそれは当然だし、きっと同族が殺されたとしても「そういうもの」とすぐに忘れてきたのだろう。しかしこの時初めて、まっとうな感情で頭が一杯になった。「どうしてこんなことに」と、ただ恐怖に怯えるしかなかった。
乾いた足ヒレは徐々に肌色を帯び、人間の足に変わりかけていた。体温も変化しているのか、先ほどよりずっと寒い。
震える体を抱き締めながら、ふと側で生き残っていた人間のことを思い出した。男の方を見ると、弱々しい自分の視線が、意思の強い輝くような瞳と重なった。
「俺ならあいつを殺せる」
そう言って、男は人魚達に協力を求めた。
ゆめにっき あまぎ(sab) @yurineko0317_levy
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