食べていてもちゃんと帰れたのだろうか?

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 気がつくと自分はそこにいた。

 自分はそこまでバスのような乗り物でやってきたようだった。降り間違えたのか、料金を払って、バスのタイヤ音を背中で聞いた頃に「あれ?どこだここ」と気がついた。辺りは真っ暗で、夜風が冷たい。あまりの暗さに、近くに見えた灯りを頼りに歩いていった。

 中国や韓国にあるようなごちゃごちゃした繁華街、の残骸だった。立ち並ぶぼろい看板と古いネオン、断線しているのか所々バチバチ点滅している。密集した錆びだらけの建物。ギイギイうるさく鳴る折れた鉄パイプ、ボロアパートのような建物も。ネオンと若干真新しい街灯の他に照明はなく、暗い路地裏は曲がりくねって、どこにどう続いているのかわからない。所々にバーの看板のようなものがあるが、漢字でもハングルでもない文字で書かれており一文字も読むことはできなかった。


 今回は自分で体を操作できるタイプの夢ではなく、一人称視点の誰かの記憶を追随するタイプだった。


 夢の自分は看板のひとつに目を止め、地下深くに続く階段を降りていった。(旧)繁華街のただ中にあるということもあり、歌舞伎町にある地下クラブのような印象で、細く黒い扉をいかにも狭そうにくぐって、急な階段を下っていった。

 しばらく進むと、階段は螺旋階段に代わり、壁の装飾も代わり始めた。ぐるぐると通路を下っていくにつれ周囲の景色がどんどん変わる。シックな黒い壁紙が白砂を固めて作ったものに変わり、次に砂壁の一部をくりぬいてキャンドルが置かれるようになり、気づいたときには漆喰に変わっていた。窮屈さがなくなる頃には、階段のの壁が壁ではなく数段おきに並ぶ店であるのに気がついた。螺旋階段の延長線、扇状に部屋があり、高級そうなカーペットにソファとテーブルがある。1mほど降りるとまた部屋がある。歩く階段の周囲にひとまわり大きな階段ができているみたいだった。時々横を見ると、ソファで女性客がパフェをつつきながら談笑しているのが見えた。


 階段が終わり、自分はやっと平らな床に着地した。目の前にはごくごく普通のカフェがある。少々テーブルの数が多い気がするが、客は一人もいない。誰もいないテーブルを左右に見ながら、通路を進む。ふと立ち止まって振り返ると、今きた螺旋階段と、そこに巻き貝のように絡み付きなだらかに下る階層の推移が見えた。

 通路を歩いていくと、突然床の色が変わった。数段だけ下る階段と、その先に別色の床がみえる。ショッピングモールの境目に似ていた。


 角を曲がると、急に棚が並ぶ空間が広がっていた。鉄製の、ファイルや段ボールを保管しておく倉庫棚のような棚の群が、数十メートル遠くまで続いている。事務的な資料保管室のような雰囲気だが、近代的なデザインの書店なのかもしれない。

 棚の横に大きいソファがあり、奥には曲線を描く横長のソファが並んでいた。座る人は、若い女性、中年の男性、老婦人、など。大きな病院の待合室のようだった。実際彼らは何かを待っているようで、ときおり誰かが呼ばれもしないのに立ち上がっては棚の森の奥に消えていった。見た顔が戻ってきて座り直すこともあった。全員一人づつか、並んで座っている場合はその組づつ移動していた。しかし皆が皆、どこか暗い表情をして、会話もせずにうつむいて座っていた。不思議に思った自分が、適当に座った場所の隣にいた老婦人に話しかけてみたが、長くは続かなかった。どんなに明るく話しかけても、すぐ暗い顔で俯いて黙ってしまうのだ。

 自分はついに暇になって、また通路らしき場所を歩くことにした。棚ばかりの空間だが、一応床の色が違ったり、何も置いていない通路らしき場所がある。その先にいけば何かはあるだろうと、とりあえず探索することにした。


 カフェのような看板がみえた。位置的にフロアを一周した辺りなので、さっきの螺旋階段があったカフェに戻ってきたのではと思った。

 相変わらず客はいないようで、テーブルはがらんとしていた。カフェの入り口には駅改札のゲートのような門と、電子パネル。店員の姿が見えず様子をうかがっていると、どこからか「入られますか」と声がした。

 がらりと横の小窓が開き、女店員さんが顔を出した。彼女の奥には厨房もみえる。壁だと思っていたが、小窓を閉め切っていたので気がつかなかったようだ。開くとも思わなかった。

 自分は今何となくパンケーキを食べたかったので、店員の周囲にメニュー表がないか探した。

「パンケーキもありますが」

 女店員が言った。

「お願いします」と自分が答えた。

 しばらくすると厨房の中から別の男性の店員が出て来て、電子パネルの説明をしてくれた。注文して商品を受け取らないと、改札を通れないシステムらしい。待ち合わせとかには向かなそうだ。

 パンケーキは種類がないけど、珈琲なら多様な種類を揃えているようで、客に合わせてオーダーメイドで作ってくれるようだ。おそらく暗記したであろう説明を聞いていると、ふと店員の顔に違和感を覚えた。この人、目が動いていない。

「視覚に障害があるのでこれで説明させていただいています」

 無表情に店員が言った。

 機械にショット数や豆の種類など入力していく。項目が細かいので結構楽しい。しかし段々と専門用語らしき横文字が多くなってきて、選択する指が止まった。

「ショット数はどのくらいにしましたか」

「◯◯くらいにしたんですが」

「どんな風がいいとかありますか?」

「えっと、そうですね……ミルクたっぷり入れて、ほんのり苦味や風味が香るくらいで」

「その豆でしたら◯◯くらいがおすすめです。□□□(たぶんトッピングのチップ)も入れると風味がいいですよ」

「じゃあそれでお願いします」


 商品が出てくるのを待っている間に、目が覚めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る