知らない町

 自分のことを誰一人知らない国に行きたかったのかもしれない。

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 そこはどこか知らない町だった。

 町並みは雑多で、常に埃のような砂煙が吹いている。どこか外国にこんな景色があったかもしれない。拾ったものや盗んだもの、中古品を売って、皆なんとか生活しているような感じ。しかし住民が持っているものをよく見てみれば妙に高性能な自転車や電子端末もあり、荒廃した未来のような、私の知る様々な文化が入り乱れている国だった。

 中央の砂でできた道は広く、錆びた自転車や車ががたがたと通っていく。左右にはどこもボロボロの布で無理やり作ったような外観の商店が並び、似たような店が数十メートル続いていた。左右がぼろ布の灰色、中央が赤茶色の砂の舞う道である。

近付いてみなければどれも何の店かわからず、店の境もあんまりわからない。しかし「商店街」とわかる程度には様々な店があるようで、カーテンのように垂れた布の奥でRPGの雑貨屋を思わせるテーブルと店主が待ち構えていて、宝飾品、食べ物、布など様々なものを売っていてそこだけ色がついたようだった。布を敷いた地面に座り込んで売る店や、入り口が同じように見えるだけで奥に建物や路地裏が続く場所もあった。入って見なければわからない、色んな場所に行ける扉が並んでいるような感覚だった。

 通る人の服装もまちまちだが、おそらく布に身を包んだような服装の者達が住民だ。まとっている布の艶や色の有無、布の痛み具合でなんとなく身なりがわかる。他の国から来たのか、住民とは違う服装や容貌をわざとボロ布で隠して歩く人も見かける。

 風が吹く度に薄茶色の砂が巻き上がり、店の布や通行人の衣を揺らしていた。ときおり強風が吹けば視界がかすむほどの砂が叩きつけ、通行人は衣をつかんで耐え、あちこちの店から慌てる店員の声が聞こえるのが日常のようだ。


 自分は、あまりこの通りを利用しないのか物珍し気に店を流し見ている所だった。

 しばらく店を流し見ながら歩いていたが、ふと本屋らしき店を見つけて足を止めるめる。折り畳み式の長机を置いただけの小さな書店は、子供用の童話を売っているようだった。机の奥側に簡易的な棚、手前にはおすすめなのか平置きされた本が数冊並べてあった。豆本や絵本、文庫本、洋書、サイズや書き手がまちまちな本が集められ、統一感はない。活版本だけでなく手書きの本もあるから、ここら一帯の本をまとめて売っている委託書店という感じだ。ただ、こんな街で売られているにしては随分小綺麗に手入れされていて、中古品らしいシミは見当たるものの、砂ぼこりは多分ここに置かれてからのものしかかかっていない。棚も、シリーズやジャンルが最低限まとめられ、見やすいよう大きさごとに揃えて並べられている。こまめな店員でもいるのだろうか。

 陳列されていた文庫の童話集を手に取る。見覚えのある童話が沢山のっていたが、どれも言葉が難解で大人が読むレベル教養がないと難しいだろう、と思った。日本に物語が入ってきたばかりの頃に翻訳された文章のような読み辛さがあった。他の本も漁ったところ、口語体ですらないものもあり、酔狂で教養のある大人が他国の物語を読むならいいだろうが、表装や絵は可愛らしいのに横に小説文をはりつけたようなちぐはぐな有様なのだ。これを実際読み聞かせるなら、子供がわかるように読み直さなければいけないだろう。


 この国(もしくは世界)では読書家は少数派のようで、住民の経済状況にもばらつきがあるため購読者は稀のようだった。犯罪や被害は自己責任で、という感じの治安のため文字が読めない大人も珍しくないのかもしれない。

 娯楽を嗜むなら酒や食べ物が主流なので、この国では気前のいい店ならツケが通じたり、物々交換で凌いでいる。

「飲食物のように消費で無くならない書物は、奮発して購入してしまえばずっと読めるし、金がない人は立ち読みすればいいので、他の娯楽品より良い」というのが、この世界の"自分"の弁である。


 しばらく物色していると「何かおきに召しましたか?」と店員らしき女性に話しかけられた。

「ええ、知っている話が載っていたもので」

と私はさっき見たとき目についたお姫様の表紙の絵本に手をかけてみせた。この時、無意識に頬がほころんでいたのか若干いつもより柔らかい声色をしてしまったな、と言った直後に驚く。

「!  それいいですよね~!私も大好きなんですよ」

 この世界の知名度はわからないが、その童話は現実世界のシンデレラくらいメジャーなお話だった。(しかしタイトルも内容も覚えてない)

 ここの本は、既知の童話だとしても、見慣れない言葉使いで書いてある(単純に書き手が不慣れ)なことが新鮮だった。そして一番に、渡ってきた国の違いなのか、登場人物や大筋の類似点で気づくまでは題名がわからず、まったく違うストーリーになっていたり、ラストが違うものが多かったのが魅力的だった。知っているのに予測できないストーリーは普通に読みごたえがあった。結局どのくらい経ったかわからない程物色して、立ち読みしていた。


 数冊見終え、また本棚に向けてを伸ばした時、この机が小さな劇場の前にあることに気づいた。

 劇場はやはりぱっと見て気づかないほどの外観で、カーテンを模した布の奥に防音扉らしき厚みのある扉がみえ、開閉のたびに布が挟まりそうになっていた。(上手く留めているのか適当に閉められてもちゃんと閉まった)。見えているのは扉だけだが、実は大きな建物が隠れているのかもしれない。

通りに接している書店の机は直接地面に置かれているが、奥までは若干距離がある。学園祭のお化け屋敷のように幾重にも重なった布で隠されていて、時折布の中に従業員が入っていく。通りと建物の間を布で埋めることで店の規模がわからなくなっていた。扉の横にある受付で暇そうに頬杖をついている従業員がいたり、扉から出てきた従業員が他の者と話して受付の布をかき分けた奥に消えていったっきり帰ってこなかったり、と思ったらまた扉から出てきたり。後ろで通路として繋がっていそうなバックヤードの布は、慌ただしく揺れていた。


 手に取った本に視線を落とし、今度はすぐ横に背の低い少女がいることに気づいた。少女は中学生くらいの歳で慣れた様子で本で開き、じっくりと読んでいた。

 つい私の口から「それ読み辛くない?」と溢れる。大人しそうな少女は開いていたページを一目して「……確かに。言葉が難し過ぎますよね」と同意した。

 随分大人びた少女だった。無表情で、感情が抑制された可愛らしい声をしていた。こちらに視線を投げることはないが、言葉の代わりに反応が多弁でわかりやすいタイプだ。そして、この街の教育水準はわからないが、この本を「子供用にしては難解」とわかる程度には教養がある。

 そういえば、書店員の姿がない。奥の劇場が公演中なのかさっきよりも従業員が減っている。扉横の受付に持っていけば購買はできるけれど、店頭の書店にしては無用心ではないだろうか。

 少しして二人で本を読んでいると、布の奥からさっき声をかけてきた店員と同じ制服を着た女性が走ってきた。

「いやあ、ごめんごめん店番頼むみたいになっちゃって」

 若干息を切らしながら笑う女店員。

「■■ちゃんも毎度ごめんねえ」

「……いえ、大丈夫です」

 少女は呟くと、また本に集中しだす。この子、ここの常連なのだろうか。

店員との距離感を不思議に思っていると、気を効かせた女店員が彼女はこの劇場の関係者だと教えてくれた。

 なるほど。劇場の仕事がないときはここで本を読んで、同時に店番をやっているわけだ。

 女店員に童話の言葉使いの話をふると、どうも需要はあるけれど書き手がいないから古い本を新しく作る事しかできないという。それで結局売れ行きは落ち込んでるそうだけど。


 話を聞いていたのか少女が懐から何かを取り出す。数枚のメンコのような厚紙に、それぞれ城にいるお姫様や竜と戦う王子のイラストが描いてあり、柔らかい色使いで所々着色してある。

 これは絵本の挿し絵に使うものだという。

 ならこの厚紙が絵の原本で、これを物語の文字と一緒に印刷して、綴じて、装丁する。すると本ができる?

「挿絵の原本は初めて見たな」

 感心していると、首を傾げた少女がこれは”このまま”印刷して複製の「絵本」にするのだと説明した。

 ……「文字なし絵本」か。

 物語の絵だけを綴じて、読者は物語を想像しながらみる。文字のない絵本。読み聞かせる母親が喋りながら、子供は絵だけを見て楽しむのが一般的かもしれない。

この厚紙をそのまま紐で繋げて単語帳のようにしてもいいし、紙にして正方形の豆本にしてもいい。どんな形にせよとても素敵なものができるだろう。

 少女はこれを、古い物語を知る人の話を聞きながら自分が絵を描いたのだと説明した。……そして帰る途中で落として順番がわからなくなった、とも。

「だから今度、もう一度話を聞いてくる」と言う。

 私は少し悲しそうな少女に、絵を見せてくれるよう頼んだ。少女の手で扇形に広がった厚紙をしばらく見た私は、案の定この物語を知っていた。

 少女に順番を伝え、ついでに私が童話集を子供向けに書き直せることも伝える。

 少女の連絡先を聞くと、携帯を持っていないからと古い形式の電話番号を教えられた。四桁-四桁のみの番号は初めてみる。家の近くの公衆電話(道端に黒電話が置いてあるらしい)だというので、かける時間だけ二人で決めておく。というかこの世界の私、携帯もっていた。私は携帯のカメラで番号を撮影し、その場を去った。



 帰宅した”自分”の記憶は、夜の時間まで飛ばされる。

 質素な講堂のような場所で、木製の長机には隙間なく子供が座っていた。いつも使っているらしいテキストと、今日はプリントと辞書が置かれ皆一様に今日の課題をしている。この世界の私は案外、小中学生くらいの歳なのかもしれない。

 学校というよりは修道院や孤児院のような雰囲気で、現在講堂として使っているこの場所はどちらかというと礼拝堂のような造りをしている。神父様が立つ説経台が正しく教壇のように使われており、教員が一人立っている。説経台の後ろにはピアノ、正面には長いカーペットが出入口に繋がっている。突き出た説教台の左右に、長机が並んでいる。

 課題はプリントに書かれた単語を辞書で調べて記入する形式だった。一問目が解けたらもってくるように、と教師とおもわれる女性が教壇前で目をギラつかせている。皆一問目を間違えてやり直しを食らっているようで、教壇の女教師はなぜか上機嫌で叱り飛ばしながら採点している。

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