第4話

 シュルーズベリー侯爵は保身に長けていた。

 本能的に生存本能に優れていた。

 だからこそ、これまで生き延びてこれた。

 今回もその生存本能と卑怯で冷酷非情な性格が、シュルーズベリー侯爵をこの苦境から生き延びさせた。


 シュルーズベリー侯爵は、自分の左右を護っていた一番信頼する騎士をエリザの方に突き飛ばし、自分は身をひるがえして脱兎のごとく逃げ出した。

 その変わり身の早さと逃げ足の速さは称賛に価した。


 二人の騎士は不意に突き飛ばされて態勢を崩したが、二人ほどの剣士ならば、直ぐに立ち直れるはずだった。

 相手がエリザでさえなければ、簡単に取り押さえられただろう。

 だが相手が悪すぎたのだ。


 エリザはシュルーズベリー侯爵が二人の騎士を突き飛ばしたのも、本人が逃げ出したのも、全て理解していた。

 無理をすれば、追いついて叩き殺す事もできた。

 だが、ペンブルック公爵や武官家臣に鍛えられていたので、わずかなスキも作らない戦い方を優先してしまった。


 先ほど一人の騎士を叩き殺した右腕をふるい、二人の騎士にも必殺の平手打ちを放ったのだ!

 閃光のような速さで二人の騎士の首が叩き千切られ、傷口から噴水のように血が噴き出した。


 ここで今度は、公爵家令嬢として育てられた挙措というかマナーというか、ドレスを血で汚せないという考えがエリザの心を占めてしまった。

 返り血を気にせずに追えば、シュルーズベリー侯爵を簡単に叩き殺せた。

 いや、王太子もこの会場で殺すことができた。


 それを公爵令嬢として叩き込まれた嗜みが阻んでしまった。

 三人の騎士が叩き殺され、三つの遺体から血が噴き出す状況となって、凍り付いていた時間が動き出した!


「キャァァァァア!」

「ギャァァァァアァアァアア!」

「助けてくれぇぇぇぇぇ!」

「いや、いや、いや、いやぁぁぁあ!」


 会場は阿鼻叫喚の地獄絵図となった。

 腰の抜けなかった者は、先を争って逃げようと扉に殺到した。

 人を押しのけ押し倒してでも、自分だけが逃げようとした。

 腰の抜けた者はその場にへたり込んでいた。

 多くの者が失禁脱糞して、会場には血臭尿臭便臭が漂い、何とも表現できない悪臭で満ちていた。


 シュルーズベリー侯爵は逸早く自分だけが逃げ出したので、王太子は少し高い舞台に取り残されていた。

 だが王太子にも護衛の騎士が付いている。

 腐れ王太子ではあるが、それでも次期国王には変わりない。

 家柄と剣の腕に優れ、多少なりとも実戦経験もあった。

 彼らに守られて王太子は会場から逃げ出そうとしていた。

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