第3話

 エリザ嬢は何も言わなかった。

 黙って俯いていた。

 シュルーズベリー侯爵は勘違いしてしまった。

 冤罪を擦り付けられた大人しいエリザ嬢が、反論もできずにうなだれていると。

 そう勘違いするのも仕方がなかった。

 エリザ嬢は普段から大人しく、大きな声一つ上げたことがなかったからだ。


 だがそれは大きな勘違いだった。

 エリザ嬢は別に大人しいわけではなかった。

 優しくはあったが、大人しくはなかった。

 エリザ嬢が大人しくしていたのは、生まれ持って怪力だったからだ。


 幼いころから、ほんの少し力を入れただけで、多くのモノを破壊してしまった。

 物心ついてすぐに、癇癪を起こして側仕えを突いてしまい、殺しかけてしまったことがあったのだ。

 それがトラウマとなって、できるだけ感情を抑制していたのだ。

 絶対に怒らないようにしているのだ。


 ペンブルック公爵も武官家臣も、エリザ嬢が普通の生活を送れるように、武術を学ばせて力の加減ができるように鍛えてくれた。

 幼いころからの厳しい鍛錬で、感情が高ぶらなけらば加減できるようになった。

 だが王太子に罪をでっちあげられた今は、怒りに感情を高ぶらせていた。

 それを俯いて抑えようとしていた。


「さあ、どうぞ一緒に来てください」


 シュルーズベリー侯爵は騎士にエリザ嬢を確保させようとした。

 多少は警戒しているのだ。

 大人しいとは言ってもペンブルック公爵家の令嬢だ。

 ある程度の武芸は身に着けていると予想していたのだ。

 だがあまりに俯いたままなので、抵抗はしないだろうと、騎士に確保するように目配せしてしまった。


 それがきっかけだった。

 我慢に我慢を重ねていたエリザ嬢の怒りが爆発してしまった!

 汚らわしい騎士の手がエリザ嬢の左腕を掴むその寸前、エリザ嬢の左腕が消え、目にも止まらない速さで右腕が騎士の左頬を捕らえた。


 普通の令嬢の平手打ちなら、兜をかぶった騎士はなんの痛痒も感じないだろう。

 むしろ令嬢の右手が、鉄を叩いた衝撃で傷つくだろう。

 普通の男でも、右手のケガと引き換えに、ほんの少し兜に衝撃を与える程度だ。

 武芸経験者でも、右手のケガと引き換えに、騎士の突進を一時的にそらせる程度でしかないだろう。


 だが、エリザ嬢はそんな次元ではなかった。

 二メートルを超える怪力無双の戦士でも、騎士を叩きのめすのが精一杯のところを、騎士の首を平手で叩き千切ったのだ!

 舞踏会場の時間が凍り付いた!

 誰一人何も言葉にせず、いや、できずに固まっている。

 首を叩き千切られた騎士の傷口から、噴水のように血が噴き出している。

 怒りの炎を宿したエリザ嬢の眼が、シュルーズベリー侯爵を捕らえていた。


 

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