第122話 アントゥム神殿(4) 己ガ罪ヲ償ウ者

 守護傀儡ガーディアンは、アントゥム神殿の丸屋根の穴の中に降り立った。

 エスペルとライラは後ろ跳びして距離を取った。


 今までの化け物じみた守護傀儡ガーディアンとは違った。生きたセラフィムのような姿。

 見目麗しい男だった。襟足長めの綺麗な金髪、整った顔立ち。細めの体を、灰色の甲冑服で包んでいる。


 ただ、瞑った目と閉じた口が、糸で縫われていた。


 黒く太い糸が目と口周りの肉をずぶりと貫通し、痛々しげに縫いつけられている。

 まるで何かの戒めのように。


 ライラが震えた声を出した。


「大セラフィムの、ウリエル様……!かつて天界で処刑された方よ!なぜ処刑されたのかは誰も知らないわ……!」


「材料が大セラフィムか、じゃあ結構強いかもな」


 閉じたままの守護傀儡ガーディアンの口から、どのようにしてか声が発せられた。


「摂理ヲ乱サントスレバ死ヲ。

秘密ヲ暴カントスレバ死ヲ。

我ハ摂理ノ守護者、秘密ノ守護者。

罰ヲ下シ、己ガ罪ヲ、永劫償ウ者ナリ……」


 守護傀儡ガーディアンは手のひらを前に突き出した。その五指全てが切断されていた。小指から人差し指までは第二関節で、親指は第一関節で。まるで拷問を受けた後のように。


 その手の平に光が集まる

 と、手から大量の光の玉が、発せられた


 エスペルは眉間にしわを寄せて叫んだ。


「ライラ、避けることに集中しろ!絶対にあの玉にぶつかるな!」


 それに当たれば、並みのセラフィムなら一発でセフィロトを全壊させられる、と直感した。


「わ、わかったわ!」


 ライラは集中し、持ち前の素早さを研ぎ澄ます。次々放たれる光の弾幕を避けた。

 エスペルはその光の玉を剣で弾きながら、突っ込んで行った。


 間合いに入り、虹色に輝く神剣を突き刺そうとする。


 だが。

 エスペルに刺される前に、守護傀儡ガーディアンはその姿勢をがくりと崩した。


「なにっ!?」


 ひざまずく守護傀儡ガーディアンの額に、赤いナイフが深々と突き刺さっていた。

 まるで炎を固体化させたようなナイフが。


 振り向くと、魂構成子セフィラ一つのミカエルが、手でナイフを放ったままの格好でそこに立っていた。歯を食いしばり、殺気に満ちた、それでいて泣きそうな顔をして。


「ミカエル!?なんでお前……」


 ミカエルはエスペルを無視して守護傀儡ガーディアンに歩み寄った。

 ひざまずく守護傀儡ガーディアンの顔を両手でつかみ、震えながら声を絞り出す。


「ウリエル……!こんな所で、こんな姿に……!ちっくしょう……!」


 守護傀儡ガーディアンの、糸で縫われた瞼がうっすらと開いた。

 糸で縫われた口が小さく動く。


「ミ……カ……エル……」


 かすれた声を出した守護傀儡ガーディアンは、かすかに微笑んだように見えた。


 その全身が、砂のように崩れ落ちる。

 神殿の柱の間から入る風が、砂を運び去っていった。


「ぁあああっ……!」


 手の中の砂を握り締めて、ミカエルは泣き崩れた。


 事情が分からないエスペルは、ひたすら困惑する。


「お、おい……」


「……」


 ミカエルは、その場でゆらりと立ち上がった。

 そしてぶんと手を振って、その手に赤い三日月刀を出現させる。


「!」


 エスペルは咄嗟に身構えた。


 だがミカエルはエスペルではなく、自身の足元の床下に設置されている、希石コアを見据えた。


 そしてその赤い刀を、足元にむかって振るう。

 希石コアは、ばらばらに打ち砕かれた。


「ええっ!?」


 予想外の行動にエスペルがうろたえる。

 ミカエルは神殿の中心部から一歩後ろに下がった。


 神殿の中心部から、緑色の光の柱が立ち上った

 緑の柱は神殿の床から、屋根の丸穴を通り、天空宮殿へとまっすぐ、立ち上っている。


「開いたぞ、転送門。行きたきゃ行け、生贄野郎」


 俯きながらそう言って、踵をかえす。長い赤髪が前に垂れてその顔を隠し、表情は読み取れない。


「ま、待て、なんで……!」


 エスペルは去り行くその背中に問いかけた。

 ミカエルは足を止めた。振り向かず答える。


「天界開闢なんて碌でもねえってことが分かった。お前ら人間も碌でもねえ。至高セラフィムとお前、クソ野郎同士の戦い、どっちが勝つか、見届けてやる」


 それだけ言って、また歩み出す。

 エスペルは頭をかいた。手を口にあてがって、声を張る。


「人間とセラフィム、どっちが滅亡しても恨みっこなしだからなー!」


 ミカエルが、はっと鼻で笑ったような気がした。


「……一つ、教えておいてやる。宮殿で人間は『人形』にされるらしいぜ」


 そして片手をあげ、おざなりに手を振った。


「おお、情報サンキュー!」


 エスペルはその後姿に手を振り返し、歩み去るミカエルを見送った。


 だがしばらくして、ふと気づいたようにエスペルは呟いた。


「……あ、やっぱ人間が滅亡したら、俺は恨むわ」


 ライラがくすりと笑った。


「さあ行きましょう、転送門の中へ!」

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