第121話 アントゥム神殿(3) 覚醒

  全ての魂構成子セフィラが破壊されたエスペルの体をかき抱き、ライラはむせび泣いていた。


「いやあああああっ!エスペル、エスペルお願い目を覚まして!うああああああっ」


 ミカエルは舌うちしながら、


「ピーピーうっせえなあ、てめえも今すぐ地獄に送ってやるから黙っとけボケが」


 ミカエルは赤い三日月刀を振り上げると、ライラの首筋にぶんと振り下ろした。


 が、ライラの首が転がることはなかった。


 エスペルがミカエルの腕をつかんでいたため。


「おまっ、生きっ……」


 ミカエルとライラが息を飲む。

 一瞬前までそこに横たわり死んでいたはずの男が、ライラとミカエルの間に立ち、ミカエルの右腕をつかんで止めているのである。


 エスペルが手に力を込めた。

 ミカエルの体が持ち上がる。体格差で言えば自分より大きいくらいのその体を、いとも軽々と。


「あ?」


 エスペルは三日月刀ごと、ミカエルの体を放り投げた。豪速で。

 草を剥ぎ大量の土を巻き上げて、ミカエルの体が地面に叩きつけられた。


 ミカエルは物凄い形相で起き上がる。


「この死に損ないがっ……!人間のくせになんだその力!いやそのセフィロトは!」


 ライラは目を見開き、エスペルのセフィロトを見て唾を飲み込む。

 魂構成子セフィラ全てが復活していた。

 のみならず、

 

「十一個ある……!?」


 ミカエルは何かを悟ったように、くっと笑った。


「ああ、そういうことか……!ウリエルが見たのはてめえだったのか!ルシフェルがてめえを庇う理由……全部繋がった!てめえが秘儀、第四段階の中身だったわけか!」


 ミカエルの脳裏に、ウリエルとの最期の会話が蘇る。


 ――神の宮殿で、人形の様な人間を見た。

 ――魂構成子セフィラが……一つ多かった。


 ミカエルは蔑む目でエスペルを見た。顔を嘲笑に歪める。


「ざまあねえなあ、英雄気取りの大バカ野郎が!てめえはセラフィムに捧げられる地球の生贄だったわけだ!地球をセラフィムに明け渡すために、天界開闢を成就させるために、ここまでノコノコやってきたわけだ!すげえ笑える話だよなあ?」


 ライラは困惑の表情で二人を見比べる。

 エスペルは顔色一つ変えなかった。


「間違ってるぞ。俺は天界開闢を止めるためにやってきたんだ」


 手をすっとミカエルに突き出した。

 そして、その術名を唱える。


「――破魂クリファ・セフィラ


 最も弱い、魂攻撃。

 昨日、大レベルですらラファエルの魂構成子セフィラを一つも破壊できなかった。


「かはっ……」


 ミカエルが目をかっと見開いて胸を押さえた。


「ばか……な……っ」


 ミカエルの魂構成子セフィラが九個、破壊されていた。


「一個、残しといてやった。お前はタフそうだから最後の一個も半壊にしておいた」


「ふざ……け……っ」


「この戦いは人間が勝つ。お前は総司令官なんだろう?総司令官として、セラフィムの敗北を見届けていろ」


「くそっ……たれがっ……!」


 ミカエルはがくりと膝を落とし、倒れた。 


 エスペルはライラに振り向く。


「行こう、ライラ!」


 ライラは目を潤ませて、エスペルに飛びついた。その体に腕を回しぎゅっと抱きしめ、


「良かった……!何がどうなってるのかよく分からないけれど、あなたが生きてて良かった!死んじゃったのかと思ったのよ!」


 エスペルはライラを抱きしめ返しながら、


「お前が救ってくれたんじゃないか」


「え?」


 エスペルは微笑む。


「なーに、夢の中の話、だ。……多分な」


 エスペルも何がどうなっているのか、分からない。ただ今の夢見を経て、自分が異常に強くなったと言うことだけは、はっきりと分かっていた。

 その理由などどうでも良かった。どんな力でも利用するだけだ。


 エスペルはアントゥム神殿を見据えた。そしてその上空の天空宮殿を仰ぎ見る。


「じゃあぶっ壊すか、希石コア!」


 二人は神殿の大理石の階段を昇った。

 黄金色の太い柱が丸く並び、丸い屋根を支えている。その屋根の中心部に、丸い穴が空いている。


 エスペルはその丸い穴の下から、天空宮殿を見上げた。

 天空宮殿の底は、下からは巨大な白色の皿のように見えた。


希石コアと、宮殿への転送門がここにあるんだよな?一体どこに?」


希石コアはこの床石の下よ」


「門は?」


「言ったでしょう、閉じられているって。閉じられているから、見えないし触る事もできないわ」


「なるほど、ライラが言っていた『無理矢理こじ開ける事は不可能』の意味が分かったよ。門に触ることすら出来ないんじゃ、不可能だな」


 言いながら、白い大理石製の床石の隙間に、剣を差し入れた。

 他の床石は綺麗に接着されているのに、この床石には隙間があった。その隙間に剣を押し上げ、床石を外す。


 中に、銀色に光る玉の存在を確認したその時。


 キュイイイイ……イイイイイ……ン……


 という音が、頭上から響いた。頭上、すなわち天空宮殿から。


 振り仰げば、宮殿の下の面、浮かぶ白い皿の一角に四角い穴が空いていた。

 今の音は、この穴が開く音だったようだ。


 その穴から、一体の守護傀儡ガーディアンが舞い降りてきた。

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