第104話 旅の宿(3) 出発

 白い光がまぶたに触れて目が覚めた。


「ん……?朝!?俺、寝ちまったのか!」


 エスペルは伸びをした。すっかり疲れが取れていた。


「起きたのね。とてもよく寝てたわよ。この家にいるって一晩ばれなくて良かったわ」


 ライラは既に目覚めて、レースのカーテンの隙間から外を見ていた。


「今もとりあえず、周辺にセラフィムが飛んでいる様子はないわね。ペンダントも反応しないし」


 エスペルはベッドから立ち上がって首を回しながら、


「うわあ、すげえよく寝られた。貴族御用達のでかいベッドは本当に快適だな、いくらくらいするんだろう、これ」


「もう、何の話をしてるのよ、のんきなんだから!」


「てか腹減ったー。昨日何も食わないで寝ちまったからな。出発前に食事しよう。味気ない栄養強化クッキーしかないが……って、そうだライラの食事はどうすれば!そ、そこらへんのセラフィム畑からかっぱらってくるか!?」


「い、いいわよ別に。私は食べなくても平気」


「いやライラだって昨日から何も食ってないだろ!?クッキー食うか?ちょっと成分が謎だが。でもああ、無理に食べて腹を壊されても困るしな……」


 言いながらリュックをごそごそして、あるものを見つけた。

 口をおの字にさせながら、その袋を取り出し、高々と掲げた。


「ドライフルーツ……!しかも結構な量!しかも袋にちゃんと『ライラ用』って書いてある……!」


 ヒルデの達筆で、しっかりライラの名前が書かれていた。


「えっ……」


 ライラは信じられないという顔をする。

 エスペルはそんなライラにドライフルーツの袋を渡しながら、


「やっぱヒルデっていい奴じゃねえ?あいつ、実はいい奴なんだよ!いけるか、ドライフルーツ?食べて見てくれ!」


「ありがと……」


 ライラは少しきまりが悪そうに受け取った。赤黒く萎びたプラムを一つつまみ、齧る。


「美味しい……」


「それはよかった」


 プラムをモグモグしながら、ライラはふいに泣きそうな顔になった。


「ど、どうした?」


「なんか、昨日のシールラの顔とか、思い出しちゃって……。みんな、私のこと心配してくれたのね。みんな私のこと、疑いもしないで……」


 エスペルは微笑んだ。


「そりゃ、そうさ。ライラは俺たちの仲間だからな」


「私、セラフィムなのに。人間の敵なのに……」

 

 エスペルはその頭をよしよしと撫でた。ライラの目から涙が一筋こぼれ落ちて、同時に口元が幸せそうに綻んだ。


「はは、食って泣いて笑って、か。忙しいなお前は」


「う……」


 ライラは恥ずかしそうに顔を覆って、涙を拭った。


 この簡単な食事を済ませて、二人は早速出発した。


「さあ、目的は、天空宮殿への転送門を開けることだ!その為に、転送門の動力源となっている、プラーナ窟の希石コアを破壊しよう!」


※※※


 王国北部には二つプラーナ窟があった。一つは北東部、一つは北西部だ。エスペルたちはまず北東部を目指す。


 二人は借りた邸宅を後にし、プラーナ窟方面への道を阻む山の麓にいた。山を見上げながら、エスペルは呟くように言う。


「できれば今日中に王国中を回って全箇所破壊したいが……。広いよなあ、すごく。なあ、一つ聞くが、光速移動フォトン・スライドって……」


「すごく疲れるし一日に一回しか使えないんだけど」


「だったよな、すみません。山越えは飛ぶしかないな、頼むぞカア坊」


「カアー!」


 一鳴きしてカア坊は巨大化する。エスペルはよっとカア坊に飛び乗った。


「あっ、でも」


 とライラが何かを思い出した顔をした。


「なんだ?」


「そういえば、速度増加咒法があったわ」


 言ってライラはカア坊に手を差し伸べ、ためらうように顔をしかめる。カア坊は、


「ナンダ?ナデナデ シテ クレル ノカ?ヤット俺サマノ 可愛イサニ 気付イタカ?」


「ううっ……」


 強い葛藤を滲ませながら、意を決したようにライラはカア坊の羽に触れた。そして術名を唱える。


音速の咒エコーライド!」


 カア坊の羽が、白い光を発した。カア坊が頭をひねって自分の羽を見て、


「カア??」


「おお、かっこいいぞカア坊!」


「ソ、ソウカ?」


「……これで、私と同じくらいは速く飛べるようになったはずよ」


「サンキュー、ライラ!ほんと色々出来るんだなお前って」


「まあ、得意なほうね、咒法は」


「いやいや、逆に苦手なものってなんだんよ!?あるのか!?何かとスペック高すぎだろ!」


「スペックって何?」


「何だっけ……。まいいや。よし、行くか!」

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