第77話 三大セラフィムの語らい

 左の玉座に片肘をついて、艶かしい網タイツの美脚を組みながら、ラファエルは口角を上げた。


「やられちゃったねえ、イヴァルト号」


「ちっ、最後まで役立たねえなあいつは!」


 真ん中の玉座のミカエルは不機嫌そうに腕組みをする。


「面倒なことになりましたわね。天界開闢の第二段階、『神の再生』も間近ですのに。……少し、やり方を変えてみませんこと?」


 右端の玉座に座るガブリエルが指で顎を抑えながら呟いた。


「どういうことぉ?」


 ラファエルが玉座から身を乗り出してガブリエルの方を見た。


「わたくしに考えがありますの。あの二人を引き離してみましょう」


「どうやって!?」


「心理戦、ですわ」


 ガブリエルが薄く笑った。その横顔を見て、ラファエルがいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「やだガブりん、すんごい性格悪いこと考えてそー」


「ガブ、リン?」


 ガブリエルの目が冷たく光る。

 ラファエルの頭上の天井が、パリパリと音を立てて氷結し、シュッ!と、先端鋭い氷柱つららがいきなり何本も出現した。

 その先端は全て、ラファエルに向けられている。


「ガブリン、は、やめていただけませんこと、ラファエルさん……?」


 ゆっくりとガブリエルの顔が、ラファエルの方に向けられた。機械仕掛けの人形のような不気味なぎこちなさと美しさで。


「ごごご・ごめんガブリエル冗談!マジ冗談!氷柱つららはやめてっ!」


 ラファエルが天井から己めがけてぶら下がる氷柱を見上げ、両手を掲げて降参のポーズをする。


「お気をつけ下さいませ」


 天井から生えていた氷柱つららが引っ込み、ラファエルはふうと冷や汗を拭いた。


 ミカエルはつまらなそうに顔をしかめた。


「はあ?心理戦?なんだそりゃ、めんどくせえ!やりたきゃガブリエルが勝手にやれよ、俺も勝手にやるぜ!」


 ガブリエルは口の端を上げる。


「了解、とみなします。では勝手にやらせていただきますわ」


「俺はまだまだ送りまくってやる、セラフィムの死霊傀儡!」


 ラファエルが突っ込みを入れた。


「だから材料どうすんの!今ある材料は、こないだミカちゃんが処刑した傀儡職人十名分の死体だけだよ」


「材料ないなら作ればいいんだ!誰かテキトーに処刑すっぞ!」


「テキトー処刑は流石に駄目だってえ!ミカちゃんほんっとクレイジ……」


「おい、そう美男子美男子言うなよ?照れるだろ?」


「ああもう……」


 額を抑えるラファエル。


「傀儡職人、本当は人間に負けたやつ全部殺したかったのに、お前が止めるから仕方なく十人で抑えてやったんだぜ?」


「いや十五人中の十人ってほとんど処刑じゃーん!それにあんまり減らすと作業に支障出るでしょ、親方消すわけにもいかないしさぁ。職人しか傀儡作れないんだからぁ」


「ちっ。まあいい、そうだ次はもっと狙いを定めて送ってやる!ラファエル、その人間とライラの情報、調べてんだろ?」


「すぐ頼る~!まあ、何匹か使い魔送って調査中だけどお。二人の住居なら特定できたよ?」


「じゃあ次はそこに送りつけてやる!おい、そこのお前」


 と、玉座の間の隅に控えている兵士に声を掛けた。


「とりあえず今ある材料全部使って死霊傀儡作って、全部人間とライラの寝床に送り込め!……って職人連中に言ってこい!」


「全在庫投入かーい!ガンガン行くねえミカちゃん。はい、ちび羽ちゃんたちの住居座標はここね」


 ラファエルはぴっと小さな紙片を、ミカエルに命じられた兵士に投げ渡した。兵士はそれを受け取り敬礼をする。


「かしこまりました!」


 退出する兵士と入れ替えに、白い光の玉がふらふらと浮遊しながら玉座の間に入ってきた。光の玉はラファエルの側までやって来る。


「あ、密偵蝶バタフライ帰って来たー!」


 ラファエルが立ち上がって人差し指を差し出す。その光の玉は、よく見れば中心に発光する妖精のような何かがいた。

 密偵蝶バタフライと呼ばれたそれは、ラファエルの指に止まった。蝶のような羽、裸体の少女のような体、全体が曇りガラスのような半透明である。


「お疲れ、密偵蝶バタフライ。なんか情報ゲットしてきたあ?」


 密偵蝶バタフライは、手に握りしめた小さな小さな巻物を、ラファエルに差し出した。


「ん??」


 ラファエルは左の小指の先に、その極小の巻物を乗せた。


「メッセージ……?」


 眉をひそめながら、ふうとその極小の巻物に息を吹きかけた。

 白い煙が立ち上り、巻物が普通サイズの便箋に変化へんげした。

 ひらひらと宙を舞う一枚の便箋を、ラファエルはつまんで掲げ、読んだ。


「『セラフィムさんへ。はじめまして、私はエスペルとライラの上司です。私はトラエスト帝国の宰相で、人間の中の、結構偉い人です。この手紙もセラフィムの中の偉い人に読んでもらいたいです』って、うっそ、人間から手紙!?でもなんでセラフィムの文字知ってんのかしら……ああ、ライラに書かせたのかぁ」


「手紙!?」


 ミカエルがラファエルから便箋をひったくった。


「人間の分際でセラフィムに手紙だと?なめやがって!なになに……?『死霊傀儡を送られると困るのでやめてください。どうしたらやめてくれますか?』」


「やだシンプル」


 ラファエルは両手で口を押さえ、ガブリエルは小さく鼻で笑った。


 ミカエルは目と口を思いっきり大きく開けて固まった。


「だっせえええええええ!人間クソだっせえええええ!!つーかバカかよ!エスペルとライラ狙ってんだろがなんで分かんないんだよ、あいつらだせえし頭わりい!低次生命体、マジでクソだせえええ!!」


「そ、そだねー……。でも多分、色々心配しちゃってんだと思うよお?セラフィムが死霊傀儡軍団送り込んで来て人間ぶっ殺しまくるのかもーとか、そういうの」


「ああん?人間なんてどうせ滅びるんだから興味ねえに決まってんだろ!俺が欲しいのはエスペルとライラだ!」


「いや人間、まだ自分たちが滅びるとか知らないしさぁ」


「ったくしょうがねえ馬鹿連中だな!俺が返事してやる!」


「あ、手紙書くの?」


「書かねえよ、手紙ってのもだせえんだよ!俺様のクレイジー美男子っぷりを連中に見せつけてやるぜ……」


「うわ、まさか記録鏡送る気ぃ?もおミカちゃん、ほんと目立ちたがりー」

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