第76話 宮廷の夜(5) 宰相のお願い
宰相の部屋に呼ばれたライラは、ジールに手紙の代筆を頼まれた。
ライラは言われた通りの文言をペンで便箋に書き、ジールに渡した。ジールは嬉しそうに、
「ありがとうございます!あとはこれを魔術師長殿に託して、セラフィムさんにお届けするだけ、と」
「それ、セラフィムに届けるの?どうやって?」
「魔法で小型化してあの気持ち悪い虫に括り付けるんじゃないですかねえ。あ、それはそうと……字がお綺麗ですねライラさん!」
「セラフィムの文字を知らないのに、字が綺麗とか分かるの?」
「分かんないですね!ちょっと人をほめる練習をしてみました」
「……。じゃあ私はこれで……」
やっぱりこの人のノリ、嫌いだわ。などと思いながら、ライラは退室しようとした。
「あ、ちょっと待って!実はもう一つ、ライラさんにお願いがあるのです」
ライラはガッカリする。せっかくこれで終わりかと思ったのに。
「なに?」
ジールは、にいっと作り物のような笑みを作って、言った。
「そろそろ『天界開闢』とは何か、教えてくれません?」
「!」
唐突な質問に、ライラの心臓が跳ねる。眉間にしわを寄せ、ジールを睨みつけた。
「嫌よ、なんであなたなんかに教えないといけないの?」
ジールはニコニコしたまま言った。
「じゃあ無理にでも聞き出すしかないですねえ」
不穏なセリフに、ライラは一瞬ひるんだ。が、すぐに呆れ顔をした。手で三角の印を結んだ。
「——
そして両腕を広げてみせる。挑発するように。
「どうぞ、無理にでも聞き出して見たら?」
ジールはふっと鼻を鳴らして笑った。
「気の早いお嬢さんだ。拷問なんてしませんよ。あなたのことはね」
「は?何が言いたいの?」
「教えなければエスペル君を傷つける、と言ったら?」
ライラの顔色が変わる。
ジールはその動揺を見て取った。満足そうに微笑んだ。ライラはそんなジールに心底苛立ちながら、
「だ、騙されないわ!無理でしょ、エスペルはあなたたち人類の唯一の希望じゃない!」
「戦闘能力にあまり影響を与えない範囲で、傷つけることは可能です。耳を削ぐとか鼻を削ぐとか」
ライラは絶句した。
「あ、あなた狂ってるわ!セラフィム並ね!」
ジールはライラの怒気を孕んだ視線を、楽しそうに受け止めた。
「おや、セラフィムのあなたにそんなこと言われるとは」
「そんなことしたら、あなたはエスペルに見限られるわ!エスペルはあなたの為に働かなくなるわよ!」
「私がやったという証拠なんて残しませんよ。彼は『事故』で傷つくんです。魔物に寝込みを襲われるとか。きつい睡眠薬を盛られた状態で襲われれば、エスペル君とて無傷ではいられないでしょう」
「バカじゃない、ペラペラ喋ってるじゃない!私が証言するわよ!」
「言いつけたら、もっと『事故で』エスペル君は傷つきますが?」
ジールの瞳が酷薄に光る。
「なっ……!あ、あなたたちにとって唯一の戦力なのよエスペルは!英雄じゃない!それをそんな、平気で傷つけるって言うの!?」
「悪いのはあなたですよ?教えてくれないんですから。エスペル君を救いたいなら、さっさと教えて下さいよ」
「卑怯者!」
「すぐに答えを出せとは言いません。しばらく悩ませてあげます。でもなるべく早く、お返事下さいね」
「っ……」
拳を震わせ棒立ちしているライラにジールがすっと近く。
ライラの耳元にジールは口を寄せ、囁いた。
「あなたが考えているより、帝国宰相の力はずっと強い。私がその気になれば、民草一人を壊すことなんて造作もないことなんです。どんな強い戦士だろうとね。私にはその力があるということだけは、覚えておいて下さい」
ライラは霊体化を解除すると、ジールの胸をどんと腕で押して突き放した。
涙を溜めた目でその冷たい微笑を見上げる。
「私だって……!私だってその気になれば今すぐあなたを殺せるってこと、覚えておいてっ……!」
ジールは愉快そうに首を傾けた。
「ライラさんが殺人なんて犯したら、エスペル君にあなたの処刑が命じられますよ。それって彼にとって最悪の悲劇だと思いませんか」
「あなたなんて、大嫌い!」
「よく言われます」
ジールは涼しげに笑う。
「つっ……」
ライラは顔を背け、無言でドアに向かった。乱暴に開けたドアを、音高く閉める。
ジールは顔面に貼り付けていた笑みを消した。
ぞっとするほど鋭い目で、そのドアを
「良い返事を待ってますよ、ライラさん……」
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