第78話 ミカエルからの返信

 セラフィムに手紙を送った翌日の朝、ヒルデとキュディアスのもとにジールから通信鏡で連絡が来た。

 ジールはやや興奮した様子で伝える。


「来ましたよ、お返事!今私の机に座ってます!私の部屋に来てください!」


 ヒルデが宰相の部屋に入ると、確かにセラフィムの密偵虫バグは、机の上にちょこんと座っていた。自ら「透過」を解き、そのガラス細工のような姿を晒していた。

 先に来ていたキュディアスが身を屈めて、興味深げに眺めている。


「なーんかちっこい鏡みたいなのぶら下げてんなあ。……おう来たかヒルデ!この鏡はなんだ?」


 ヒルデも覗き込む。

 密偵虫バグは四角い鏡を首から鎖でぶら下げていた。その少女の様な体をすっぽり覆うほどの大きさ。鏡は半透明でも乳白色でもなく、銅色のフレームの普通の鏡面で、鎖の色も銅色だった。


「ふうむ、これは……」


 ヒルデは指先でちょんとその鏡をつついた。だが何も起きない。


「私ではダメか。宰相、この鏡に触ってみて下さい」


「はい、こうですか?」


 ヒルデに言われて、ジールが人差し指を鏡に触れた。

 すると鏡の鎖が千切れ、煌めきを放ちながら浮遊し、見る間に巨大化した。

 窓一枚分くらいの大きさに。


 浮遊する大きな鏡の鏡面が渦巻くように歪み、人の姿が現れた。

 

 背中に透き通る二枚の羽を生やした、一人のセラフィム。


「うおっ」


「おやまあ」


 キュディアスとジールが声をあげた。


「記録された鏡像による返信の様ですな」


 とヒルデ。

 三人が緊張の面持ちで、鏡の中のセラフィムの言葉を待った。

 赤毛と言うには鮮やか過ぎる、原色の赤の髪。しかもそれが獅子のたてがみのように長く広がり、顔中ピアスだらけ。派手である。


『よお、クソだっせえ低脳腰抜け野郎の人間ども』


 これが第一声であった。

 派手なセラフィムは、中指を立てた両手をこちらに突き出し、ベロを出した。ベロにもピアスがついていた。


 三人の緊張が一気に崩れる。

 キュディアスが眉間にシワを寄せた。


「この妙なポーズは、セラフィム的に何か意味があんのか?」


 ジールは首をかしげる。


「高次生命体さんのやることは理解が難しいですねぇ。それに何ですかこの、南方の蛮族みたいな顔飾りは」


「随分とクソ……若そうな男ですな」


 クソ餓鬼と言いかかったのはヒルデである。


 赤毛のセラフィムは悪童のごとき笑みを浮かべ、その三白眼でこちらを睨め付けた。


『俺様がセラフィムのあたま、最強で凶悪で超絶美形でクレイジーのミカエル様だ!俺様のクレイジーっぷりに鼻血出してんじゃねえぞお、人間!』


『ちょ、ちょっとミカちゃん、クレイジーは言わないほうがいい。あと頭も言い過ぎだって、若頭くらいにしておけば?』


 鏡像の画面外から、女の声が聞こえた。


『ウッセーな、邪魔すんなよっ。おいゴミども、俺はお前らゴミには要はねえ。死霊傀儡を送りつけられたくなかったら、エスペルとライラを差し出しやがれ!おっと生首とか送りつけてくんなよ?きっちり生かして寄越せ!俺がたっぷりいたぶってやるからよお!さっさと来いやエスペル、ライラぁぁぁ!神域で待ってるぜええええ』


 言いながらミカエルが画面にずんずん近づき、鏡いっぱいにそのベロを出した凶悪そうな顔面が大写しになった。後ろから先ほどの女の声が聞こえてきた。


『はいはい、もうおしまい!記録止めるよ!』


 そこで鏡像はぐるりとまた渦を巻き、普通の鏡面に戻った。


 宰相の部屋が、しん、と静まった。

 

 何とも言えない妙な間を破ったのは、ジールがにっこり微笑みながら言った、こんな一言だった。


「うん、完璧ですね。よいお返事がもらえました」


 えっ!?とキュディアスが仰け反る。


「そ、そうか?俺はこんなクソ餓鬼イカレ野郎に人類が脅かされてるってことが情けなすぎて泣きそうなんだが」


「いきなり人類を滅ぼしにやってくるような連中なんですから、イカレ野郎に決まってるじゃないですか。知性に欠陥がありそうですから、分かりやすい文面でお手紙を書いておいてよかったです」


「この鏡像を見せれば、会議はエスペル全権委任派遣派の勝ちですな」


 ヒルデの言葉にジールは満足げに頷いた。キュディアスは小さくため息をつき、


「いよいよか……」


 と呟いた。


「頑張ってもらいましょうねえ」


 言いながらジールは宙に浮かぶ大きな鏡を両手でつかんだ。普通の鏡のように、それは大人しくジールの手に収まった。


「さあこの鏡を持って、大臣の皆さま集めて緊急会議と行きましょう!」

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