第67話 皇帝陛下のお戯れ(2) お婿
剣先をつきつけられたヒルデは、しばらくユウエンとにらみ合っていたが、やがて諦めたように目をそらした。
プリンケの方に踵を返す。
ヒルデはプリンケが腕を組んで踏ん反り返って座っている、長椅子の前にかしずいた。ため息をつきながら、
「……何か御用ですか?」
「感じ悪いのう!ユウエン!」
「はっ!」
またユウエンの名を呼ばれて、ヒルデはびくりと身構えた。が、後ろから走ってきたユウエンは剣を抜くことはなく、ヒルデを追い越し、プリンケの隣にさっと座っただけだった。
プリンケはユウエンの胸元に小さな手を差し入れ、抱きつきながらその大きな胸を揉みしだいた。
「ひどいと思わんかユウエン!ヒルデは余に冷たすぎる!」
ユウエンは自分の胸を揉むプリンケの髪を優しく撫でながら、
「おかわいそうに、陛下。おかわいそうに」
相手が少女とはいえ、普通にしていても全身からフェロモンを発しているようなユウエンが、生のおっぱいを揉まれている姿は、とてつもなくエロかった。
ミンシーは「ほわっ」的な音を発して頬を染め、ヒルデはうっとうめいて仰け反った。
「へ、陛下、まだそういうことを、しかも人前でっ……!陛下はもう八才でしょう、赤ん坊ではないのですからお控えいただかねば!家臣も困るではありませんか!」
プリンケはいたずらっぽい目でちらりとヒルデを見た。
「なんだ、うらやましいのかヒルデ」
ヒルデは喉の奥をくっ、と鳴らすと眉間にしわを寄せた。割と本気怒りで、
「私を誰だとお思いですか!そんなわけがないでしょう!」
プリンケはユウエンをモミモミしながら、得意そうな顔で言う。
「照れるな照れるな、分かっておる。ヒルデも余に乳を揉まれたいのだろう?」
一瞬の間をおいて、ヒルデは視線を流した。
「……そうきたか……」
ユウエンが妖艶な声音でたしなめる。
「魔術師長殿、お言葉遣いがよろしくありません」
「あ、あのですね、あなたが陛下にされるがままだからいけないんですよ!第三者の身にもなっていただきたい!」
そこに別の声が割って入ってきた。
「あー!陛下ったらまたユウエン様ばっかりモミモミしてますう、羨ましいですピンク頭も揉んでほしいですう!」
「こっ、この下品な声は……」
ヒルデは頬を引きつらせ振り向いた。
盆にジュースのグラスをたくさん乗せたシールラだった。ジュースはいつもより豪華で、カットフルーツや花でデコレーションされている。
「おお、来たのう、ピンク頭!待ちわびたぞ!今日のジュースはなんだ?」
「パイナップルですよお、南国のとっても美味しい果物ですう」
「シ、シールラ、お前は第四騎士団の専属メイドじゃないのか?」
「やだヒルデ様ったら、『嫌いな奴が来た』ってお顔に書いてありますよお?超失礼なお顔ですう」
「余がナンパしたのじゃ!前、風呂で会ってジュース作りが得意と言うのでな、呼びつけて作らせてみたらこれが美味い!たまに余のところに来てもらってるのじゃ!」
シールラはグラスを五つ、白テーブルにおいた。
プリンケは嬉しそうにグラスを指差し数える。
「余のと、ユウエンのと、ヒルデのと、ミンシーのと、シールラの。うむ、全員分あるな」
ミンシーがええっ、と驚いた。
「わ、私の分……!?」
「なんだ、ミンシーはジュースが嫌いかの?」
「ととと、とんでもないです!私なんかのために恐れ多いやら有難いやら……!」
「はは、喜んでもらえてなによりじゃ、さあみんな座って座って!飲め飲め!ヒルデは余の隣じゃぞ!ここじゃ!」
プリンケに促され、三人はテーブル周りに集まった。ヒルデはしぶしぶ、長椅子のプリンケの隣に座り、シールラとミンシーは白い丸テーブル周りの丸椅子に着席した。
ミンシーは感涙にむせぶ。
「ああ、この感激をどう表せばよろしいでしょう、日記につけて今日この日を我が記念日に致します!」
そしてグラスを掴みストローを口にくわえて吸い上げた。
プリンケはグラスを両手で持ちながら、不満たっぷり言った。
「まったくヒルデは、余の婚約者なのに冷たすぎるのじゃ!」
ミンシーはパイナップルジュースを気管に入れた。
「ぶほっ!ぶふぶへえっ!!……うわ失礼いたしました!ってええええええ、ヒルデ様そうだったんですか、えええええええ!?」
「なわけないだろう!」
ヒルデがうんざりした様に否定する。
「余は本当はユウエンと結婚したいのだが、おなご同士の結婚は無理らしいのじゃ。ゆえにヒルデと結婚したあかつきには、ユウエンを公妾すなわち愛人として召抱える所存じゃ。愛人の一人くらい堪忍するのだぞ、ヒルデ!」
「というか私との結婚も無理でございますから……」
ヒルデがなるべくプリンケと目を合わせない様にしながら言う。
「何を言うか!ところでそなた、まだ童貞だろうな?」
ぶほっ、とミンシーがまた咳き込む。
「会うたびにそれを確認して来ないでいただきたいのですが……。以前も申し上げましたが、独身男性が童貞なのは当たり前のことです」
「さすがヒルデは貞操観念の強いカブリア人じゃの!帝都ではそれが当たり前ではないのじゃ!余は遊び人だらけの帝都の男は嫌なんじゃ!ヒルデはこれからも他のおなごを抱いてはいかんぞ!大人になったら、余がそちの童貞をもらいうけるからな!」
「お下品なお話を大声でなさらないで下さい。ですからそれをやると私めは近衛の方々に拷問の上、市中引き回しの上、一番痛い方法で処刑されるんでございますよ。いやお婿争いに巻き込まれて暗殺されるほうが早いでしょうか」
「なぜじゃ!なぜ皇帝は宮廷魔術師と結婚してはならぬのじゃ!」
「それがお立場というものでございます。どうぞ普通にご貴族をお婿にお迎え下さいませ。どのお家も自分の家からプリンケ様のお婿を出そうと手ぐすね引いておりますよ」
皇帝と魔術師長の衝撃的会話を聴きながら、ミンシーは赤面し、なにやらブツブツ小声で呟いていた。
「どっ、どど……。こんなに偉いヒルデ様が……私と同じ……未経験……。ギャップ萌え〜……!わ、私、なんだかキュンと……ときめいてしまった……感じです……っ」
シールラがストローでジュースをかき混ぜながら、遠い目をして静かに返した。
「えー、ギャップ感じますかあ?シールラちっともギャップ感じないですう、ときめきもないですねえ……」
「シールラさんそんなご無体なッ!……あ、でもメイドさんたちに酷なことを言われてるヒルデ様も……お可哀想なところが萌える……感じがしてきてしまいました……っ」
ミンシーはなぜかストローでザクザクと氷を突きまくる。
「その萌え、ほんと全然分かんないですぅ……」
丸テーブル周りの女子二人のひそひそ話はさて置き。
長椅子のプリンケは不満そうに腕組みした。
「まったくヒルデはいつも迷惑そうじゃの!余はこんなにヒルデのことを思っておるのに、ほらそなたにもらった愛の首飾りもちゃんと身につけておるぞ」
「いやそれは、セラフィムや死霊傀儡の接近を知らせる霊能感知器でして……」
プリンケは首に下げた鎖を引っ張り上げた。
鎖の先で細長い小さなピラミッドが揺れている。
「これは水晶かのう。透明でとても綺麗じゃ!……おや?青くなったぞ」
「!!」
ヒルデは目を見開いて立ち上がった。
「まさか、皇宮にだと!?ミンシー、陛下たちを霊能感知器の反応の消える場所まで避難させろ!俺は出現場所を特定する!」
「は、はいっ!」
緊迫の表情ですくと立ち上がりながら、
(キビキビ指示するヒルデ様かっけえーーーーー!)
とか思ってる、ミンシーであった。
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