第66話 皇帝陛下のお戯れ(1) シャボン玉
エスペルとライラが古い訓練場にいた頃。
王宮の中庭の一角では、ヒルデが棒立ちしていた。
「陛下あの……。
青々とした芝生が刈り込まれ、バラの生垣が壁のように背景を飾る。
そこは段差のない青空舞台で、皇族を楽しませるために道化や吟遊詩人がちょっとしたパフォーマンスをする所だった。
ヒルデの周囲には、ハートや星の形のシャボン玉がふわふわ浮かび、シャボンのお姫様たちがくるくるダンスしていた。
「流石じゃのう、ヒルデ!」
幼い少女が、目を輝かせて手を叩いた。
腰まで伸びる水色のウェーブ髪に大きな黄色のリボンをつけ、フリルだらけの黄色いドレスを着た少女。
トラエスト帝国の皇帝、プリンケである。
青空舞台の前に、白い丸テーブルと丸椅子と長椅子が置かれていた。
プリンケは長椅子に座る、褐色美女ユウエンの膝に、抱かれていた。
ユウエンは布地の騎士服を着て腰に剣を挿していた。前合わせの上衣は胸がはだけ気味で、迫力の二つのお山が溢れそうである。
プリンケは手にした小瓶にストローをさし、口に含むと、ぷくうと息を吐いた。ストローの先からたくさんのシャボン玉が出てくる。
「次は獣じゃ!象にして見せてくれ!あとイルカとキリンとタコじゃ!」
キラキラした目でプリンケは指示を出した。
ヒルデはフードの奥で死んだ目をして、皇帝の指示に従う。
球状のシャボン玉が、次々と変形した。象に、イルカに、キリンに、タコに。
「可愛い!とても可愛いぞヒルデ!」
そんなプリンケたちの後方に、青ざめたミンシーがいた。ミンシーは両手で頭を抑え、うなだれていた。
(ああ私には分かる、ヒルデ様は今絶対に目が死んでる感じです……。申し訳ございません、私が不甲斐ないばっかりに……!)
プリンケ皇帝陛下の午後のお遊び相手……これは本日、ミンシーが承っていた任務だった。ミンシーもつい先ほどまでシャボン玉操作を披露していた。
ちなみにシャボン玉操作は、「魔能」の基礎レベルである。「魔能」とは、念動や透視と言った、精霊の力を借りない高等魔術のことである。
シャボン玉操作は魔能の中では高度な技ではないのだが、そもそも魔能を有する魔術師自体が極めて少ないので、できる人間が限られた。
ミンシーは自分としてはちゃんと、シャボン玉操作ができていたつもりである。亀の親子の30段重ねも作ったし、ドラゴンに口からシャボンの火を吐かせもした。見るからにやる気のなさそうなヒルデより、はるかににこやかに楽しげに気合いを入れて。
「貴様を食ってやる!がおー!ボボボボボー!」
そんな効果音だって口頭でつけた。頑張ったのだ。
プリンケもケラケラ笑っていたはずだ。
だが、途中でなぜかプリンケがチェンジを言い渡してきた。
しかもヒルデを名指しして。
ミンシーは今、涙目で吐きそうになっていた。
皇帝陛下は自分の何がお気に召さなかったのだろう、自分は陛下に一体どんな粗相をしてしまったのだろう、と言うわけのわからぬ恐怖。
しかもその尻拭いを、魔術師長たる超多忙なヒルデにやらせてしまっている、と言ういたたまれなさ。
(こ、これが社会人……!辛いしんどい怖い重い、重すぎる社会人重い……。もういや、学生に戻りたい、いっそ田舎に帰りたい〜〜〜〜〜!)
ガクガク震えているミンシーに、プリンケが振り向いた。
「あ、そなたの技も素晴らしかったぞ!またぜひ
「はいっ!?」
とミンシーは涙の溜まった目をパチクリさせた。
「余はただ、急にヒルデの顔が見たくなってしまったのだ!最近、ちいとも余の相手をしてくれないからの!」
「ヒルデ様の……?」
青空舞台からヒルデが声をかけた。
「陛下、シャボン玉はもうよろしいですか?」
「おお、余は満足じゃ!近う寄れ!」
そう言ってプリンケはヒルデを手招きした。
ヒルデは深々と一礼した。
「では、これにて失礼いたします皇帝陛下。我が拙い術をご覧いただき、誠にありがとうございました。ご機嫌麗しゅうお過ごしくださいませ」
そしてスタスタと去っていく。
プリンケがすくと立ち上がって、キレた。
「近う寄れと言うておろうがぁっ!!ユウエン!!」
「はっ」
ユウエンが飛び出した。腰の剣を抜き放ちながら。
ヒルデの前に躍り出たユウエンが、身をかがめ剣の切っ先を喉元に突きつけた。美女は黒豹のような目つきでヒルデに告げる。
「陛下がお呼びです、ヒルデ殿」
「うぐう……」
ヒルデはギリリと歯を噛み締めた。
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