第68話 皇宮来襲(1) 舞踏会の広間
広大な皇宮の一角、ある廊下の床の上に、緑色に光る円が出現したのを、誰も見ていなかった。
誰もいないひっそりした廊下で、ソイツは緑の円の中から這い上がってきた。
ソイツはのっそりとした足取りで廊下を歩んだ。
その口から、シューシューという呼吸音と共に、しゃがれ声が漏れる。
「らいら……オ前ノセイデ……醜イ……醜イ……奇形羽エエエ……」
※※※
古い訓練場で、エスペルはかれこれ10分は無言でライラを抱きしめ続けてしまった。
ちょっと長すぎたかもしれない。後悔はしてない。
思う存分の抱擁に満足したエスペルはやっとライラを解放した。
すっきりしたような最高に爽やかな笑顔で、
「よし、訓練続きするぞ!」
「う、うん」
真っ赤になってうなずくライラ。
そんな感じに訓練を再開していた時。
訓練所の隅に設置されている細長いピラミッド型のオブジェが薄っすらと青い光を放ち、遅れて胸に下げるペンダントのピラミッドも光り始めた。
エスペルとライラは顔を見合わせた。
「嘘、来たわっ、しかもここに!」
エスペルはしまった、という顔をして手で額を押さえた。
「くそっ、まだなのか、死霊傀儡、壊滅させたはずなのに……!」
ジールの懸念通りだ。やはり、そう甘くはなかったようだ。
「行こうライラっ!光が強くなる方へ!」
「ええ!」
※※※
いくつものシャンデリアが天井に輝く、絢爛な飾り壁の広間は、今宵行われる舞踏会準備のため、多くのメイドたちが掃除中だった。
壁際の隅に設置されている、ピラミッド型のオブジェが青く発光していることに気づくメイドは、なかなかいなかった。
何しろ、忙しかったので。
霊能感知器は死霊傀儡が近づけば近づくほど強く光り、最接近すると点滅する。
ようやく一人のメイドがそれに気づいたのは、ピラミッドが点滅し始めた時だった。
「ちょ、ちょっとあれ……。ねえあれ、やばいんじゃない?光ってるわよね?」
「え?」
「ほらあの、化け物が近づくと光るってやつ……」
ギイ、と音を立てて両開きのドアが開けられた。
シューシューと息を吐きながら、ソイツが立っていた。
ずるり、ずるり、と足を引きずるように入ってくる。
赤い目玉がうつろに人々を見回した。
メイドたちの金切り声が上がった。
「セ、セ、セラフィム……!」
「きゃああーー!」
「いやあああっ!」
「ど、どうすれば!誰か助けてえええええ」
集団がパニックに陥りかかった刹那、バン、と大きな音を立てて、反対側の扉が開いた。
宮廷魔術師長、ヒルデが立っていた。ヒルデが叫ぶ。
「こっちの扉から逃げろ!」
メイドたちはハッとしてヒルデの方を見た。
メイドたちの集団は、一斉にヒルデのいる扉になだれ込んだ。
メイドたちが部屋からはけていく中、ヒルデはその異様な死霊傀儡を見つめ、じっとりと脂汗が滲み出てくるのを感じた。
「なんだ……こいつは……!」
※※※
ペンダントの青い光が強まる方向を目指し走っていたエスペルとライラは、ある場所で足を止めた。
すぐ上の階で空気が淀んでいるのが分かった。明らかにそこに、異様な悪気が存在している。
「上にいるな。階段に行こう!」
二人は階段を目指して突っ走った。見えてきた階段の方から、怒涛の勢いでメイドたちが駆けてきた。
「きゃああああ!」
「セラフィムよお!」
「セラフィムが、セラフィムが城に!」
半狂乱で廊下を走り去っていくメイドたちの言葉に、エスペルは耳を疑った。さっとライラを見た。
ライラは首を横に振る。
「ありえないわ!セラフィムは神域外に来れない、絶対にセラフィムのわけがないわ!」
「行けば分かるか……!」
二人はメイドたちと逆行して進み、階段を駆け上った。
上階に着くと霊能感知器ペンダントが青く点滅し始め、怨念めいた悪気がありありと感じられた。
悪気を目指し、二人は舞踏会の広間前にたどり着いた。
舞踏会の広間前には、締め切った扉の方を向いて、ヒルデが立ちすくんでいた。
「ヒルデっ!?」
「来たか……」
ゆっくりとこちらを振り向いたヒルデは青ざめ、大量の汗をかいていた。
「奴は中にいる……。俺が今、呪縛魔法で動きを封じている……が、もう限界だ、
「あ、ああ!すまんヒルデっ!!」
ヒルデはがくりと膝を落とした。途端に中で轟音がした。壁に何かを叩きつけるような音。
エスペルは扉に手をかけた。
その背中に、ヒルデが忠告をする。
「気をつけろ……。確かに死霊傀儡だが、セラフィムの形状をしている……」
エスペルは無言でうなずいた。
扉を開け、ライラと二人、突入する。
後ろ手に扉を閉めるエスペルの目の前。
化け物に変わり果てた、イヴァルトがいた。
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