第60話 傀儡工房村、襲撃(9) ミカエル

 工房のドアを開けた警備兵達は、中の光景に目を見張った。

 十人以上の職人たちが凍りつき、床にはカサドを含めた数名が倒れている。


「こ、こんなにセラフィムがやられている!これを人間とライラがやったってのか?」


「ライラ達はどこだ!む、いない……?潜んでいるかもしれん、探せ!」


 警備兵と共に入って来た数名の職人セラフィムが、倒れているカサドの元に駆け寄ってその身を揺さぶった。


「親方!しっかりしてください、親方!」


カサドはうっすらと目を開けた。


「だ、大丈夫だ、まだくたばっちゃいねえよ……。あいつらは、人間とライラはどこだ……」


その時、奥の部屋を確認しに行った職人セラフィムが血相を変えて叫んだ。


「大変だ!保管庫の中が全部やられた!稼働前の死霊傀儡は全部消えているし、材料が肉も魂もどっちもダメになってる!」


「なんだって!?嘘だろう!?」


 職人達が蒼白となった。


「ダメだ、ぜ……全滅だ……、何一つ残ってねえ!」


 かはっ、とカサドの喉から乾いた音が漏れる。

 唖然とした表情が、不意にくしゃりと崩れ、笑い出す。


「あーはっはっは、こりゃいいや!やるじゃねえかあいつら、あのど畜生めが!」


 そして小さく呟いた。


「オレ達の、完敗だ……」


 そこに新たにもう一人のセラフィムが、入り口から声をかけた


「なんだなんだあ?騒々しいなあ、どうしたー?」


「ミカエル様!」


 その場にいる全員が、ピリッと緊迫し、一斉に振り向いた。


 扉を手で押さえ立っていたのは、獅子のたてがみのような紅の髪を持つ、赤と黒の甲冑服に身を包んだ男。

 しっかりした体格の割に、顔立ちはどこか幼くも見えるが、決して柔和ではない。

 ナイフのような鋭さを持つ切れ長の吊り目は、手に負えない悪童が、幼児的残酷さそのままに大人になったような印象を与える。

 

 耳と眉と唇に穴を開け装飾用の金属ピアスをつけていた。こんな妙な飾りをつけるセラフィムも彼一人であろう。


 現在、セラフィムのまつりごとの頂点に君臨する、三大セラフィムの一人、ミカエルである。


「近く飛んでたら警備兵たちが傀儡村に集まってっから、なんだと思って来てみたら、どうなってんだこりゃ?」


「ミカエル様、大変です!工房が人間と矮小羽のライラの襲撃を受けました!」


「人間?ばっか、ここに入れるわけねえだろ?」


 言いながらつかつかと中に入ってくる。ミカエルの後ろで入り口の扉がバタンと閉じた。

 見回しながら、


「おーおー、派手にやられてんなあ、おい。ん?この氷の中身、生きてんじゃねえか」


 言いながらミカエルは職人セラフィムの氷像に、思い切りパンチを食らわせた。

 氷が割れて砕け散り、中にいた男の体が、どさりと床に倒れた。


「うぅ……」


 床の上でうつ伏せになり呻き声をあげる男の頭を、ミカエルはいきなり、踏みつけた。

 足をめり込ませるようにグリグリ踏みつけながら、


「負けたくせになにのうのうと生きてんだあ?殺されとけよ、ぶわあああっか!」


「ぐあッ!も、もうしわけござ……」


 そんなミカエルに、警備兵がもう一度声を掛ける。


「し、しかし実際に、複数の者がライラと人間の姿を目撃しております!」


 ミカエルが足でグリグリやりながら、顎に手をやり思案顔をする。


「ふうん?どういうことだ?ライラは確か、イヴァルトの部下だったな……」


 そこに荒々しいノックの音がした。

 ドアの向こうからイヴァルトの声がする。


「次の死霊傀儡は絶対に負けないと言っていたな!?いつまでも報告がないな、どうなった!ライラと人間は殺せたのか!?また失敗したら許さんぞ!返事をしろ、下賤ども!」


 工房内が静まり返った。


 ミカエルは、踏みつけていた男の頭を、思いっきり蹴っ飛ばした。ただそれだけで男の生首が吹っ飛び、ボールのように転がった。

 工房内のセラフィムたちがごくりと唾を飲み込むが、誰も言葉は発しなかった。


 ミカエルは仁王立ちになると、無言でドアを見つめた。

 踏ん反り返って腕を組み、ちらりと隣の職人セラフィムを見て、ドアを指差した。


「俺、返事していい?」


 職人セラフィムは首を縦にブンブン振った。


「どど、どうぞどうぞ!」


 ミカエルは腕を組んだままドアの向こうのイヴァルトに返事をする。


「開いてるぞー」


 ガチャリ、とドアが開いた。

 苛立ちを顔中に貼り付けて入って来たイヴァルトの表情が、しかし、一瞬で青ざめる。 

 ミカエルを見、異様な工房内を見渡す。


「こ、これは一体!?」


 ミカエルがクッと笑う。


「はっ、噂をしたら来やがった。てめえ俺様に隠れてコソコソ何やってんだ?話を聞かせてもらおうか、イヴァルトぉ!!」


「ミ、ミカエル様……!」


 イヴァルトは顔面を硬直させて後ずさりする。

 それはまさに絶望としか呼びようのない、表情だった。


「ああ、あと……」

 

 とミカエルは警備兵を見て、付け加えた。


「ライラと人間、絶対に逃すな。探せ!」


「はっ!!」

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