第61話 傀儡工房村、襲撃(10) 脱出
裏口から出たエスペルとライラは、林の中を必死に走っていた。
傀儡村の靄に紛れ、民家から民家に身を隠しながら村の門を目指し、無事に村を抜け出した。
あとは林を抜けるだけだった。
だがあたりから傀儡村の匂いや邪気が消え、城壁が見えて来たところで、
「きゃっ!」
ライラが転んだ。
草むらの中に横たわっていた、「何か」につまづいたのだ。
「いった……」
「大丈夫か!……て、やべっ!!」
エスペルが、ライラがつまづいた「何か」を見て焦っている。
「え?」
ライラが視線を下ろすと、ライラの下、太めのおっさんセラフィムが、切り株を背もたれにして、寝ていた。
「やだっ」
ライラは慌てて身を離し、小声で言った。
「私と同じ、神域周縁部警備隊の一人よ!」
おっさんセラフィムはうるさそうに顔をしかめると、あくびをしてのびをした。
そして目をこすりながらライラを見る。
おっさんセラフィムは、あっ、という顔をした。
エスペルとライラが身を固くして、攻撃態勢を取ろうとすると、
「ライラ!?人間たちの偵察から戻ってきたのか!?お、俺は別にサボってなんかないぞ!ただちょっと英気を養っていたっていうか……。イ、イヴァルト様に言いつけたりするなよ!!」
と、言い訳をしてきた。ライラは戸惑う。
「え……?」
「だ、だいたいお前こそ怠け者じゃないか!何しろ貴様は人間どもとの戦闘時にいつまでも仮死睡眠から覚めなかったしな!天界開闢の第一段階、『神域の形成』!貴様は第一段階の成就に何一つ貢献しなかった!まったく、一体いつ我々の役に立つのだ、出来損ないの半人間めが!」
偉そうに説教しながらおっさんセラフィムは立ち上がり、尻についた枯葉や草をパンパンと払った。
そこでおっさんは初めて、ライラの後ろにいるエスペルの存在に気づいた。怪訝そうな顔をした。
「ん?一緒にいるのは、見慣れない顔だな……。お、お前はまさか……人間!?」
「え?あなた、私が人間と一緒に逃げたって、知らなかったの……?」
「は?なんだ!?どういうことだ!?」
その時、上空から声が振って来た。
「いたぞ!あそこだ!ミカエル様にお伝えしろ!」
見上げると警備兵らしきセラフィム四名が飛空し、空からエスペルたちを見下ろしていた。
エスペルは舌打ちをする。
「見つかったかっ!」
「そこのお前!ライラとその人間を捕らえろ!」
おっさんセラフィムは、はっとした顔でエスペルとライラを見ると、一瞬の間をおいて飛びかかってきた。
ライラはひらりとかわして、
「うぐ〜〜〜〜〜っ!」
エスペルも
が、上空の警備兵たちも、二人めがけて
一名はミカエルに伝えに行ったようで、三名が二人に攻撃をしてくる。
ドン、ドン、とエスペルとライラの
職人セラフィムに比べるとだいぶ強い。
さらに、三対二で上空から狙われてるので、明らかにこちらが不利だった。
「こっちも飛ぶぞ!」
「そうね!」
「カア坊!」
「カアーーー!」
カア坊がボンっと巨大カラスに変形した。エスペルが飛び乗り、カア坊は羽ばたき上昇する。
空中に躍り出たライラとエスペルが、共に同じ技名を叫んだ。
「
突き出された二人の両腕から、その大攻撃が次々と出る。
「くはっ!」
「ばか……な……」
セラフィムたちは胸を抑え、苦悶の表情を浮かべた。三人とも落下していく。
「よし……」
エスペルが呟いた。
だが後方に目をやったライラが上ずった声を出した。
「まずい、来たわ!う、嘘でしょ、ミカエル様が!?」
赤髪のミカエルと警備兵たちが、猛然とこちらに向かって飛んで来るのが見えた。
「ミカエル様?まあ死の霧はすぐそこだ!さっさと脱出しよう!」
二人は死の霧目指してまっすぐ飛んだ。
死の霧はすでに目と鼻の距離、ミカエルたちはうんと後ろ。
追いつかれるわけがない。
エスペルは叫んだ。
「俺たちの勝ちだ!」
しかし。
耳の横をヒュン、っと何かがとてつもない速さで掠めた。
「誰の勝ちだって?」
目の前に紅の髪のセラフィム、ミカエルがいた。
ミカエルは死の霧とエスペルたちの間、背中の大きな薄羽をブウンと震わせながら、佇むように浮かんでいた。
まるでさっきからずっと、そこにいたかのような落ち着きで。
「は、はやっ……」
エスペルはカア坊を急停止させ、息を飲んだ。目視すらできなかった。ありえないスピードだった。
長く広がる派手な赤い髪。がたいが良く、きりりとした眉はいかにも喧嘩慣れしてそうな雰囲気。
ミカエルはエスペルとライラをジロリと睨むと尋ねた。
「出来損ないのライラ……。これは、どういうわけだ?なんで人間といる?イヴァルトと何があった?」
ライラの顔が青ざめ、小刻みに震えだす。
「ミ、ミカエル様……」
「あと人間、なにもんだお前?なんで霧の結界を突破できた?……まあいいや、それは後で拷問して聞き出すわ。今はちょっと、遊んでやるよ。お前はどの程度のもんだ?」
ミカエルはすっと手を挙げた。
来る、と思いエスペルは身構えた。
一触即発のこの状況で、ライラは一切、迷わなかった。
迷わずエスペルの腕を取り、叫んだ。
「
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