第56話 傀儡工房村、襲撃(5) 長城の中へ

 ライラは一足先に自分でシュッと、エスペルは続いてカア坊に乗って、城壁の中に降り立った。

 

 降り立ったところは林の中で、右手にはテイム川の流れが見えた。

 空を見上げて、エスペルはあることに気がつく。

 空が青いのだ。


「あれ!?そういえばなんで赤い霧がないんだ?外から見たらドームみたいに覆われているのに」


「ああ、内側からは透過処理が施されているのよ。光がないと作物が育たないでしょう」


「へえ」


 ただ地上付近の霧だけは、透過処理をされず残されていた。境界線がわりだろうか。内側から見たカブリア王国は、赤い霧の城壁に囲まれているように見えた。


 次にエスペルが注目したのは、王国の中心部の上空である。それは、ここからもはっきりとその非現実的な存在感を主張していた。

 この世ならざる空中宮殿。

 恐るべきセラフィムたちをこの平和な国に運んできた、忌まわしい城。


 あの空中宮殿の出現から、全ては始まったのだ。


「この林の向こう側に、傀儡工房村があるわ」


 ライラの声で、エスペルは物思いから引き離される。


「よし……」


 普通サイズに戻ったカア坊を肩に乗せ、エスペルは歩き出した。

 進むにつれて、空気が変わっていくのが体感できた。充満する神気の中に、別の気……怨霊の出す邪気のようなものが混ざり込み、その割合がどんどん増えていく。

 さらに鼻をつまみたくなるような悪臭も。


 林が途切れ、目の前に集落が開けた。

 悪臭と邪気に塗れた、異様な村だった。

 急に空が暗くなった。集落の中にだけ、灰色の靄がたなびいて、太陽光を隠しているのだ。

 

 靄の中、黒ずんだ石積みの小さな家が散見され、そこかしこの木は立ち枯れている。

 そして集落の中央に、一際大きな建物があった。

 黒い屋根からいくつもの煙突が突き出し、煙が立ち上っている。どうやらこの煙が、日の光を隠す靄の正体、そして悪臭の原因であるようだった。


「小さは家は住居、そしてあの煙突のある大きな建物、あれが傀儡工房よ。稼働前の死霊傀儡や死霊傀儡の材料、全てがあそこにあるわ」


 今の所、外を出歩いているセラフィムは見当たらなかった。

 エスペルとライラは目を見合わせ、無言でうなずきあった。

 二人は走り出した。

 集落の中を駆け抜け、傀儡工房まで一気に駆け寄った。

 傀儡工房の壁に、ピタリと背中をつける。


 中からは様々な雑音が聞こえた。金属をこすり合わせるような音、ドシンドシンと叩きつけるような低い音、人々の話し声。


 エスペルが囁く。


「結構いるな」


「工房で働く職人セラフィムたちよ。死霊傀儡は、彼らの手で作られるの」


「今も材料をこねくり回してるってわけか。材料は全部を破壊しなきゃ意味がねえ。戦闘は避けられねえな。ライラ、覚悟は出来てるか?」


「とっくに出来てるわ。どうやって入る?」


 エスペルは手を伸ばし、すぐ近くにある扉のドアノブを回してみた。


「開かねえな」


「鍵がかかってるわね、どうする?」


「そりゃあ……。やることは一つだろ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る