第29話 トラエスト城の大浴場(1) もしゃもしゃ

 大浴場は、シールラの言った通り、確かに優美でゴージャスだった。

 壮麗かつ広大で、至る所に魔術が施されていた。


 例えば壁の天使像たちは、ただのレリーフかと思いきや、呼べば動き出し寄ってきて、入浴者の背中を流してくれる。ガーゴイルの技術を応用して作られたものだと言う。

 海をイメージした風呂の中には、光魔法で投影された色とりどりの熱帯魚だちが泳いで目を楽しませる。

 深海のごとく深い浴槽は水中で呼吸可能な風呂で、この浴槽に全身沈めて水中にたゆたい瞑想すれば、身も心も浄化される。

 楽園と名付けられた露天風呂は、自然と見紛う風景の中、清涼な温泉の川や泉、滝があり、水の妖精、美しいニンフたちがいる。


 他にも多種多様な風呂があった。間違いなく世界随一の大浴場だろう。


 こんな豪華絢爛な大浴場の片隅。

 ライラとシールラは、メイン浴槽とされる最大の大風呂に足を浸しながら……アンダーヘアについて話していた。


「ライラさん無毛!?攻めすぎですう、まだシールラそれはやったことないですう」


 肩に白いタオルをかけて羽を隠しているライラは、一糸まとわず豊満な胸をさらけ出しているシールラの股間をじっとみて、


「もしゃもしゃ……」


「もしゃっ!?もしゃではないですよ、もしゃではっ!シールラ、ちゃんと整えてます、美容魔術師様の脱毛施術受けてます!これは言って『ちょぼ』くらいですっ!」


 ライラは大浴場の女たちを眺めわたし、


「人間はみんな、もしゃもしゃなのね。セラフィムとちがっ……」


 シールラがライラの口を慌ててふさいだ。小声で囁く。


「もおダメですよっ!それは内緒なんです!言っちゃダメっ」


「わ、分かってるわよ、今ちょっとうっかりしたのっ」


 ライラはシールラの手を払うように押しのけた。

 そこに女性たちの一グループが、バシャバシャと湯をかき分けながら近づいてきた。


「ちょっとシールラ、新人いじめてるの?」


「あ、リノちゃん!違いますよ、いじめてなんかないです、お友達なんですう。ライラさん、この皆さんはシールラのメイド仲間です、私たちとっても仲良しなんですよお!」


 六人の裸のメイドたちが、ライラを値踏みするようにジロジロ見る。

 どの女性もシールラに負けず劣らずの派手な顔立ちと豊満ボディを誇っていた。


「見ない顔ねえ、こんな新人メイドいたかしら」


「うっそ、超可愛い!でも胸足りなくない?トラエスト城のメイドになるにはEカップ以上は必要でしょ」


「これだけ美人ならEカップ未満でも合格なんじゃない?」


「えー、それズルくない?」


「E未満のくせに合格とかありえないんだけど」


「ふうん。美人て得ねえ」


「またー、エリーだって美人でしょ」


「まあね。ってやだ言わせないでよ、あんたも美人じゃない。揉むよ?」


 突如現れた、小鳥の大群のごとき姦しさに、ライラは圧倒された。いーかっぷとかなんとか、何を言っているのかさっぱり理解できなかったが、軽い敵意のようなものを察して、怖かった。

 メイド集団の一人がライラに聞いた。


「あなた名前はなんていうの?どこの配属のメイド?」


 ライラは軽くびくつきながら首を振った。


「私はメイドじゃないわ。メイドじゃなくて、えっと……」


 ライラは「設定」をど忘れしてしまった。確かあのヒゲの大男が何か言っていた気がするが、思い出せず、言葉が出てこなかった。

 だがすかさずシールラが助け舟を出してくれた。


「ライラさんはヒルデ様のお弟子さんで、新しく入った宮廷魔術師なんですよ!エスペル様と一緒にお化けやっつけたり、むーーーっちゃくちゃ強い、すんごい魔術師さんなんです!」


 メイド集団は一様に、へえ〜という顔をした。


「ヒルデってあの感じ悪い魔術師長よね」


「あー、あのムカつく陰気野郎。論外」


「エスペルって最近、第四に入った男の子よね?見た目十代っぽくて、爽やか系の。アリかなあ……」


「やだ相変わらず年下好きい!でも所詮は堅物田舎のカブリア民でしょ?帝都男子に比べたら、ださカブはちょっとなあ」


 シールラはライラに耳打ちした


「これ聞かなかったことにしましょうねっ!城男子さんたちが毎日メイドにこんな感じに人格崩壊級の悪口言われてるってのは、ここだけの秘密にしましょうねっ!」


「べ、別に誰にも言わないわよ……」


「あ、『ださカブ』って『ださいカブリア』って意味で、メイドは帝国帝都以外の地域は基本ださい扱いなんです!他国他都市の皆さんごめんなさいっ!!騎士様とか魔術師様の間では一目置かれてる系のカブリアの皆さんなんですけどね、メイド的にはちょっと真面目過ぎって言うかイケてないって言うか、地味グループなイメージでっ!」


「そ、そう、すごくどうでもいいわ……」


 さてメイドたちはお互い目配せをしあって、ウンウンとなにやら納得し合っている。

 何かに勝ったようなしたり顔で、


「なーんだ、メイドじゃなかったんだ」


「どおりで、小さいもん」


「小さいと思ったらそういうこと」


「やっぱりトラエスト城メイドは小さくちゃダメでしょ」


「ねーー」


「顔だけよくても、小さくちゃねえ」


「ねーーーーーーー」


「だってこの子……」


 そこでニヤニヤ笑って一斉に声をそろえて、


「「「「「「小さ〜〜〜〜〜い!」」」」」」


 「小さい」連呼の波状攻撃。

 ライラの腕がプルプルと震え出した。怒りが内部からふつふつと沸騰してくる。

 くわっと顔を上げると、ライラは啖呵を切った。


「小さい小さいうるさいわよ!何よあなたたちなんて生えてないじゃない!私は生えてるんだから、小さくても生えてるんだから!私の方がずっとずっと、すごいんだからーーーーっ!!」


「わー落ち着いてくださいライラさん!小さいってそっちの話じゃないです!だから気にしないでくださいいいい!ちなみに私はライラさんのどっちの小さいも大好きですうううううう」


 その時、シャンシャンと鳴る神秘的な鈴の音色が響いた。

 浴場の女たちがハッと浴場の前方、神々の絢爛なレリーフの方を振り向く。レリーフの向こう側には、この浴場の入り口がある。

 ざわめきが一瞬で収まり、浴場が静まった。

 ライラ一人、理解できず眉をひそめた。


「なによこの音。一体何が……」


 シールラが両手で顔を覆った。前方を見つめちょっと興奮しながら、


「こっ、皇帝陛下がきちゃいましたあ〜〜〜〜」

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