第28話 24時間監視せよ
珍獣園での戦闘後、エスペルとライラはトラエスト城の第四騎士団の部屋で待機していた。
宰相や騎士団長たちによる緊急会議の結果待ちである。
ソファに座ったライラの前のテーブルに、シールラがジュースを入れたグラスを何杯も並べていた。
「あの、こんなに飲めないんだけど……」
「遠慮しないでくださいよお、お化けやっつけてきたんですよね!?すっごいですお疲れ様ですう」
一方、エスペルはと言うと、ぐるぐると落ち着きなく部屋の中を立ち歩いている。
ガチャリとドアが開き、キュディアスが入ってきた。
エスペルは、はっと顔を上げる。
「団長!どうでしたか、会議の結果は?やはり俺たちは帝都を出るべきでしょうか?あとライラのことは……」
キュディアスが執務席に腰を沈めながら答えた。
「まあまあ、そうせっつくな。とりあえずお前らは、帝都にとどまれ。で24時間体制で死霊傀儡の迅速な討伐に当たれ」
「……なるほど……。了解いたしました!」
「それからこれ、ヒルデからお前ら二人に渡すように預かってきた」
キュディアスはペンダントを二つ、机に置いた。
鎖に透明な細長いピラミッドのようなものがついている、シンプルなペンダント。
エスペルをそれをぶら下げて眺めながら、
「これは……?」
「セラフィムや死霊傀儡が近づくと青く光るそうだ」
エスペルはドキリとして、ライラとペンダントを見比べた。だがペンダントは光っていない。
「あー、大丈夫。ライラには反応しないように除外魔法を施しておいたとかなんとか、とにかく大丈夫らしい。ヒルデ曰く」
「よ、よかった」
「ライラがセラフィムってことは言い出せなかったなあ。ヒルデの弟子の新入り宮廷魔術師、って扱いになった。本当のこと言ったらブラーディンあたりがうるさそうだし、まあ黙っておくか」
「えー!?よろしいのですか?」
「なんとかなるんじゃねえか?宰相にだけは、後で俺から伝えておくよ」
シールラが両手を絡めて頬によせながら、
「キュディアス様のそういうテッキトーなとこ大好きですう」
「シールラちゃんも他言無用だぞ?絶対に秘密だからな?」
キュディアスは人差し指を口にあてがった。
「はぁい!胸は柔らか、お口は固い、シールラです!」
ビシッと右手をおでこかざして敬礼するシールラ。
「大丈夫かな」
「不安だなあ……」
エスペルは額をおさえる。
「もぉ、エスペル様ったら!シールラこう見えて、エスペル様より年上なんですよっ」
「そ、そうだったんだ……」
「二十一才、大人の色気、最高潮です!ほら!」
そして前かがみになり両脇をきゅっと締めて胸を寄せ、巨乳を思い切り強調してみせる。
「そ、そうですか」
キュディアスは顎鬚を撫で付けながら、所在無さげにソファにちょこんと座っているライラを見やった。
「さあて、セラフィムのお嬢ちゃんをどこに住まわせるか……。とりあえず、エスペルんちでいいか」
焦ったのはエスペルである。
「ええっ。あのボロアパートですか?」
「うきゃああああ!同棲生活ですかああああ!?」
「待ってください団長!トラエスト城の敷地内にいくらでも部屋はあるんじゃないですか?そうだ宮廷魔術師寮とかメイド寮とか!なあ、ライラ?」
問われたライラは目を泳がせた。言いにくそうに、
「私は……別にあなたのボロアパートでも……」
「えっ!?」
「も、もちろん嫌よ、あなたなんかと住むの!でも我慢してあげてもいいっていうか……。知らない人間ばかりのところで住むのは、その、ちょっと……」
「あ……」
エスペルは気づいた。
異種族である人間だらけのこの場所で、やはりライラは不安なのだと。
そして現状、ライラにとってかろうじて「知り合い」と言えるレベルの人間は、自分だけなのだと。
キュディアスが首を横に振った。
「城になんて置いておけるか。嬢ちゃんはそれでもセラフィムだ。俺だって完全にセラフィムを信頼したわけじゃあない。お前が24時間監視して、帝都の安全を担保しろ」
「監視……そういうことか……。わかりました。ライラは俺が預かります」
「何よ監視って、失礼しちゃうわ。で、でもまあ、そういうことなら仕方ないわね」
言いながらライラは気取った仕草で髪を耳にかけた。
そのくせ、明らかにホッとした顔をしていた。
エスペルはその顔を横目で見て、笑いを噛み殺した。
「じゃあライラさん!シールラと一緒に、お城の浴場入っていきませんか!?」
シールラが何か言いだした。エスペルが仰け反る。
「ちょっ、なに言い出すんですかシールラさんっ」
「やだエスペル様、年上とわかった途端にさん付け丁寧口調とか、ちょっと傷つきますよっ!これからも今まで通り、シルシルって呼んでいいんですよ!」
「一度もシルシルで呼んだことないです!でも年上の女性と分かったからには丁寧口調で行きます」
「なんでですか!?その心は?」
「えっと……騎士だから」
「やだエスペル様、ぜんぜん意味わかんなくてシールラちょっと引いてますう!三個上のヒルデ様にはタメ口のくせにい!」
ライラは首をかしげた。
「浴場……って、お風呂のことよね?」
「そうです!エスペル様のボロアパートなんてどうせシャワーしかないですよ、女の子なのにかわいそう!ライラさんはお城でお風呂入っていったらいいです。お城の大浴場、広くてゴージャスで最高ですよ!騎士寮にお住まいじゃないエスペル様はご存知ないと思いますけど、寮に住んでる騎士様とか魔術師様とか文官様とか、シールラたちメイドが利用してるんです」
エスペルは、えっという顔をする。
「騎士もメイドもって、ま、まさか混浴!?」
シールラが目をそらしてほくそ笑んだ。
「エスペル様がえっちなこと考えてるう……」
「はぐらかさずに教えてくださいよ!混浴だったらちょっと、申し訳ないですけど断固拒否します!うちのシャワーでいいよな、ライラ!」
「私は別に、お風呂なんてどこでもいいけど」
「どこでも!?混浴でもいいってのか?あ、混浴の意味を知らないんだな、混浴ってのはなあ」
ここでキュディアスが見かねたように割って入った。
「大浴場は混浴じゃねえよ、時間帯で男女分けてる。っつーかそこじゃねえだろ、ツッコミどころは。風呂なんて入ったら羽バレるだろ」
キュディアスが呆れて肩をすくめている。
あっ、と
「ごもっともです団長、少し乱心しました……。というわけだから大浴場はなしな。さあ帰ろうライ……」
ソファにライラの姿がなかった。
シールラがライラの腕をとって、第四騎士団の部屋の出口に向かっていた。
「ちょっ、何やってんですかー!」
「大丈夫ですよお、こんな小ちゃい羽、タオルとか被せてたら見えませんよお、それにシールラがついてますし!」
ライラがムッとして言い返す。
「ちょっと、こんな小ちゃいとか言わないでよ」
「やだ褒めてるんですよお?」
軽口を叩きながら扉を開き、二人は出ていってしまった。
唖然とするエスペル。
「ど、どうしましょう団長……」
キュディアスは頭をかいた。
「まあ大丈夫かな〜」
「あ、24時間監視……」
「監視についてくか?でも覗きの許可なんて出せねえなあ」
「俺だって嫌ですよ覗きなんて!」
「またまたあ、ほんとは行きたいんじゃねえかあ?まあ風呂タイムくらいは監視なしでいいか」
「はあ……」
やっぱテッキトーだなこの人!
と思う、エスペルだった。
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