第30話 トラエスト城の大浴場(2) 幼女帝
「コウテイヘイカ?」
ライラはシールラの視線を追った。そして、
「……もしゃもしゃじゃない……」
仲間発見的な感じでつぶやいた。
幼女がいた。
浴場内に入ってきたのは、青い装束の女性たち。
目の覚めるような真っ青な衣に金の帯を締めた女性たちが二列で歩く、その中心に、裸の幼い少女がいた。
美しい少女だった。年の頃は、七、八才に見える。
ウェーブする水色の髪の毛を腰まで伸ばし、大きな瞳も髪と同じ水色。
神秘的な少女だった。
ただそこに佇むだけで、その場の空気が浄化されるような、人を圧する神聖さを持つ少女だった。
その少女を見たライラの心に、懐かしさがこみ上た。誰にも聞き取れない声で小さく囁く。
「空間が綺麗になる……。神様……みたい……」
少女の背後には裸の褐色美女が、保護者のように寄り添い歩いている。
長身の長い手足に豊かな胸と尻、キュッとしまったくびれ。完璧なプロポーションの褐色美女だった。肩までの黒髪に包まれるその顔貌は、ひたすらに妖艶。
形容しがたいエロスなオーラを撒き散らしながら、寡黙にしずしずと歩いている。
浴槽の外にいた者は、皆その場で両膝をつき、こうべを垂れた。
湯船の中にいた女性たちは、いそいそと湯の外に出て同じく床にかしずく。
ライラたちは湯船のへりに座っていた。シールラが立ち上がり、ライラの腕を取って促がした。
「ほらライラさんもっ!陛下の御前ですよっ」
「な、なんで私がそんなことを!」
「いいからいいから、はいはいはい!」
「ちょっ、腕引っ張らないでよ、分かったやるわよっ」
ライラはシールラに強引に促され、仕方なく立ち上がった。
ライラがシールラと同じように床に両膝をつこうとしたその時。
水色髪の少女が腕をあげた。可愛い声が凛と響く。
「まあまあ、おもてをあげい。風呂に入れ、普通にくつろげ。
この一声を受けて、女たちの姿勢が崩れ、歓声が上がる。
「きゃあああああ!プリンケ皇帝陛下、来てくださったんですねー!」
「来ていただけで光栄ですーーー!」
「今日もお可愛いですーーー!」
プリンケ皇帝陛下、と呼ばれた幼女は、ニコッと微笑んだ。それだけで女性たちが割れんばかりの歓声をあげる。
「うっきゃあああああああああ!」
「プリンケ様あああああああああ!」
歓声と喝采を浴びながら、プリンケは青装束の列の中から進み出ると、メイン浴場の大風呂に身を屈めた。中に入ろうとする。すかさず背後の褐色美女がその身を支え、プリンケを抱きながら風呂に入った。
青装束の女性たちは大風呂の周囲に散らばり、警備兵のように等間隔に並んで囲んだ。
「ふう、いい湯じゃ、温まるのお!邪魔してすまんのお前たち、さあ皆、いつも通りに湯を楽しむのじゃ」
褐色美女に抱きつきながら、プリンケが床の上の民たちを見渡す。
女性たちは皆、一礼をすると、幸福そうに微笑みながら、ある者は風呂に入り、ある者は洗い場に戻り、浴場はすぐに普段通りの入浴光景を取り戻した。
シールラが感激したように両手を絡めた。
「まさか陛下のご入浴にご一緒できるなんて!これすっごいレアなやつなんですよお!今、庶民タイムですもん。基本的に陛下は、貴族様タイムか陛下貸切タイムにしかいらっしゃらないんです!ライラさんラッキーですねえ!あ、シールラたちもお風呂入りましょ!」
「もおなんなのよ、出たり入ったり!」
シールラに引っ張られて、ライラも温水に身を浸した。
ライラは同じ湯に入っている、プリンケが気になって仕方なかった。
人間ではあるが、他の人間とは何かが違う。
視線に気づいたのか、プリンケがライラの方を振り向いた。
プリンケはライラを見ると、なぜか目を輝かせた。
ライラを指差し、褐色美女を見て何かを命じている。
褐色美女はプリンケを抱えたまま、こちらに近づいて来た。
シールラが身をのけぞらせる。
「あわわ!?うそっ、陛下がこっちいらっしゃいますどうしましょー!」
プリンケを抱えた褐色美女は、ライラたちの前に来ると頭を下げた。上品かつ
「おくつろぎのところ、失礼いたします。私はプリンケ陛下護衛のユウエンと申します」
プリンケがむっとした顔でユウエンの頬を人差し指でぐっと押した。
「違う、護衛ではない!ユウエンは余の恋人じゃ!」
ユウエンはほっぺをぐっと押されたまま、上品な笑みを一切崩さず、
「陛下がその、紫の瞳の女性とお話をしたいと仰せられております」
シールラがささやき声で突っ込んだ。
「ユウエンさん陛下をおもいっきりスルーしましたあ~~~!っていうか間近で見るとますますエロいですユウエンさんっ」
「え……私……」
指名されたライラは戸惑った顔をする。
ユウエンにしっかりと抱きかかえられたプリンケは、ライラを興味津々といった感じで見つめてくる。
なおよく見るとプリンケの首には小さい細長いピラミッド型のペンダントが下げられていた。ヒルデの作成した霊能感知器の携帯版を、早速身につけているようだ。
「そなた、とても奇妙なオーラを持っているのお!ニンフが紛れ込んだのかと思ったぞ。それにとても綺麗な紫の瞳と髪じゃ。その髪は染めてるわけではないのだろう?角度によって金色にも紫にも見える、不思議な髪の毛じゃ。……そっちのピンクは、染めておるな」
シールラが両手でピンク頭を押さえて恐縮しながら
「おっしゃる通りです、パチモンピンクです!地毛は地味茶髪なんですうう!どうかご内密に願いますうう!」
「ははは、いやピンクは似合っておるぞ」
「きゃあ、キョウエツシゴクに存じますう!」
「ねえ……」
ライラがプリンケを見つめながら口を開いた。
「あなたが人間たちの神様なの?」
「神とな!?」
プリンケが吹き出し、ユウエンは表情を変えず、シールラが焦りまくった。
「ももも申し訳ございません陛下っ!ライラさんはえっと、その……ト、トラエスト語が苦手で!だから変なこと言っちゃうんですうう!プリンケ様が女神様みたいにお美しいと言ったつもりだと思いますですうううう」
「トラエスト語が苦手?外国人かのう?」
「そそ・そうです、外国人!ライラさんは秘境国からやって来たワイルド系外国人さんで、文明度がちょっと残念なのでご無礼をどうか見逃してあげて欲しいのですっっっ!」
プリンケが興味深そうにする。
「なるほど、蛮族かの?そなたライラと申すのか。ライラの故郷にも神はいるのだろうな。ライラは信仰心が強いのか?ああ、信仰心という言葉は難しいか。神を信じておるか?」
ライラは毅然として答えた。
「そんなの当たり前じゃない。神様だけを信じてるわ。わたしを愛してくれるのは、神様だけだもの」
「ふむ……」
プリンケは少し考えるような顔をした。おもむろに両腕を伸ばすと、小さな手でライラの両ほほを包んだ。
ライラはびっくりして目を見開く。
「いかにも、神は全ての人間を平等に愛してくださる。でも、神様『だけ』ということはないぞ。そなたは綺麗なだけでなく、善良なおなごじゃ。余にはわかる。そなたを愛する者は、いくらでもいるだろう」
ライラがうろたえる。激しく動揺しながら、
「な、なによいきなり……そっ、そんなわけ……ないじゃない……」
プリンケは優しく微笑んだ。
「かわいそうに、そなたはきっと、とても辛い目にあってきたのだろうな。余はそなたが好きじゃ」
「っ……!」
ライラの目頭がつん、と熱くなる。ライラはくちびるをキュッと固く結びうつむいた。プリンケはそんなライラを慈愛に満ちた目で見守った。
「陛下、そろそろ洗い場に……」
ユウエンが声をかける。
「おお、そうだな。公務が残っていた、余は長風呂できないのだった!全く面倒くさいのお。ではなライラ、それからピンク頭。また会おう」
「はい陛下っ!ピンク頭、陛下にお声がけいただけて感激の極みでしたっ!第四騎士団所属メイド、特技はジュース作りです!以後お見知り置き下さいませええっ!」
「ははは、愉快なやつじゃ」
楽しそうに笑うプリンケを抱いて、ユウエンは去っていく。
湯船を出て洗い場に向かうプリンケとユウエンを見送りながら、シールラが両手を胸の前でクロスさせて興奮している。
「シールラ、陛下とお話ししたの初めてです!シールラ今日この日を絶対忘れません、日記に書いてシールラの記念日にしないとですうううう!」
ライラは、プリンケに触られた両ほほに手を当て、放心したように佇んでいた。
ライラのそんな様子を見て、シールラがふふと笑った。
「すごいですよね陛下って。あの癒しパワーで、みーんな陛下にぞっこんになっちゃうんですよ!私たち帝国臣民自慢の皇帝陛下なんです!二千三百年も前からこの地を治めている、聖なる一族の末裔なんですよお!」
「そ、そう……」
ライラは視線が定まらず、戸惑いを隠せない様子だ。
シールラがあっ、と何かを思い出して頭に手をやった。小声でブツブツつぶやく。
「そういえばシールラ、勝手にライラさんに新設定つけちゃいました。ライラさん外国人設定、キュディアス様に伝えないとですね〜」
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