第10話 さくら組

「こちら、さくら組の現場監督の蒲生さんです。蒲生さん、こちらたんぽぽ組の監督になる加神さんです」

「おぉ!よろしく!あんちゃん土木系は初めてか?まぁ、俺も初めてだったんだけどな!やってりゃなんとかなるぜ!」


ガハハハハと蒲生さんが豪快に笑う。蒲生さんは、最長2年しか持たない中で初めてその壁を突破した人で、実に4年も続いている。

しかも、借金も完済。それでも彼を慕うスタッフの為にと残って働いている稀有な人物だ。彼は別格扱いで、レジェンドと陰で呼ばれている存在だ。

人柄も見た目にそぐわず細やかな気配りがあるけど、適度にゆるく、いい意味で適当。面倒見が良くて、その面でも日本に出稼ぎに来ている外国人たちの良き親方でもある。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします。おっしゃる通り、門外漢なので色々とご相談に乗って頂けると幸いです」


加神がそつなく挨拶をしている。


「そぉ~んなかしこまんなくていいぜ?俺が思うに、お前そんなキャラとは真逆だろ?」

「わかりますか?」

「おうよ!これでも人を見る目だけは自信あんだぜ?」


ガハハと笑う蒲生さんの頭皮が太陽を反射してきらりと光った。眩しいです。


「んじゃ、遠慮なく。蒲生さんって幽霊視えるんすか?」

「元々視えなかったんだがな、この仕事してるうちに視えるようになっちまった。この業界、そういうタイプが多いらしいぜ。そういうお前さんは?」

「俺も視えないんすよ。気配もなにも感じないっす」

「視えちまうと結構面倒だからな。今が花だ、謳歌しとけ!」

「そうします。ところで、今日これから行く現場ってかなりやっかいだって聞いたんすけど…どうやっかいなんすか?」

「そうだなぁ。どうやら、場所が悪いらしくてな。いわゆる霊道ってやつ?それが通ってるらしいんだわ。おかげで、いつも以上に派手に邪魔しやがる。

例えば、作業中に突き飛ばされたり、おぶさって耳元で囁いたり、ひでぇ時には機械にまで影響しやがんだよ…さすがにスタッフが参っちまってな。士気が下がってんだわ。

この仕事、気合と士気がかなり大事なんだよ。生きているエネルギーが一番強いってやつだ。だから、それが下がっちまうとなぁ…相手に飲まれちまうんだよ」

「ほぇ~。なるほど~」


これから向かう物件は、一度、第1部門が作業に入ったが妨害が多発し、お手上げと判断されて第2部門へバトンタッチされた案件だ。

数ヶ月放置されたのち、さくら組が2週間前から入ったけど、蒲生さんが言ったようにかなり激しく妨害されてスタッフの気が滅入ってしまったようなのだ。


「百聞は一見に如かずだ。とりあえず見てもらった方がはえぇな」

「そうっすね。さっさと見てご当地グルメ食いてぇっす」

「ちょ、加神さんっ!なんてこと言うんですかっ!!」


忙しい時間を割いて見学させてもらうのに、なんつー言い草だ!


「ウハハハハ!正直だなぁ!最上ちゃん、俺は気にしないから大丈夫だぜ」

「蒲生さんとはいい酒が飲めそうっす」

「おう!落ち着いたら飲みに行こうぜ!いつ落ち着くんだか分からんがな!」


あ…頭いたくなってきた。蒲生さんだから笑って許してくれたものの…すずらん組だとこうはいかんぞ。あとで注意しとかなきゃ。


みんなで大型バンに乗って現場へ向かう。さくら組のスタッフは陽気な人が多いんだけど、今は葬式みたいに車内が静まり返っている。彼らがこうなるなんて、よっぽどだ。


「なぁんか、みんな元気ねぇなー?」

「みんな参っちゃってるみたいです」

「ふぅーん。そっか、蒲生のおっちゃんが規格外なんだな」

「ちょ、加神さんっ!ちょっと失礼ですよ!」

「ちょっとなんだ?」

「うぐっ」


加神がニヤ~っと笑いながらこちらを覗き込む。窓から入ってきた太陽光が色素の薄い瞳に反射して透明感をましてイケメン度がアップした。無駄にいい顔してるのが逆にむかつく。


「うるっさい!」

「ぶっ」


顔を手のひらで押し返す。


「ガハハハハ!もう仲良しなんだなぁ」

「そうなんすよ~」


加神がゲヘヘと笑う。


「そんなんじゃないですよぉ!」

「まぁまぁ。最上ちゃんはいつも肩に力が入ってるから、あんちゃんくらいにズカズカ入ってくる奴にかき乱されてガス抜きした方がいいんだよ」

「蒲生さぁ~ん」

「さすがおっちゃん!分かってるぅ!」


そんな馬鹿な事を話しているうちに、車内の雰囲気が変わってきたのが分かった。

心なしかスタッフの顔色が戻って、口数が増えて少し笑い声も聞こえる。

もしや…加神パワー?


まさか…ね。

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