第7話 怒りの鉄拳制裁

 私の知らない女性社員が書庫の奥で泣いている。

【絶対に許さない】という意思だけが残った。次にまた知らない男性社員が奥で憤っている。ここでも許さないという意思が残った。また知らない社員が出てきた。憤っているようだが、この時、隣でうっすらと黒い影がうごめいていた。同じようなシーンがパッパッパッと映っては消えて、そのたびに残るのは怒りの感情。

 そのシーンを重ねるごとに、その影は輪郭がしっかりしていく。そして、輪郭がハッキリするにつれて、怒りだけではなく色んな感情が残るようになる。

 怒り、妬み、自己嫌悪、猜疑心…負の感情だけが貯金されるかのごとく貯まっていく。


 なるほど。こいつの正体はここで吐き出した負の感情の塊だったのか。その負の感情がここに来る人の負のエネルギーに反応して、それがお互いに共鳴を起して増幅するようになっていったのか…。まさか、こいつの成り立ちが見れるとは…。

 色んな負の感情の塊が、いつの間にかひとつの人格のようなものを持ち、自分の意思らしきものを持って行動するようになるとは。

 そして、こいつの外見は最初の女性社員が大きく影響しているのか。もちろん、その人そのものの外見ではなく、あくまで“核”でしかないようだけど。


「おい。大丈夫か?」


 加神に揺さぶられて我に返った。どうやら私は束の間フリーズしていたらしい。

 奴に視線を戻すと、加神の横に立って、加神の顔を覗き込んでいた。


「か、加神さん…何も感じませんか?」

「は?いや?別に何にも感じないけど。なんかいるんすか?」


 すごいな。1ミリも感じてないのか。ゼロ感の丸山さんでさえ「ここ嫌な感じするよな」って言うくらいの場所なのに!


「加神さんの横に、えーと…お化け?が立っていて顔を覗き込んでいます」

「は?俺の?」


 そう言って、キョロキョロ周りを見回している。その度に横にいる奴がゆらゆらと揺れて不安定になっていく。奴も、身の危険を感じたのか、加神の側を離れて書庫の奥へと消えた。


「奥に行きました」

「奥?ふーん。で?俺はどうしたらいいんすか?」

「とりあえず、奥に向かいましょう。丸山さん?なんで入口に陣取ってるんですか?」

「えー?俺も行かなきゃだめー?」

「当り前じゃないですか!私だって行きたくないですよ!」

「えぇー。だって最上さんがここに先導したんじゃーん」

「ここまで来てごねないの!これもお仕事です!」

「うへぇ…分かりましたよ」


 3人で奥へと移動すると、奴が待ち構えていた。空気が変わって段々と重苦しく、体感的には温度が下がって冷え冷えとしてきた。


「さ、寒いよ。最上さん」

「わ、私だって寒いです」

「え?寒いすか?」


 1人通常運行の人間がいる。言わずもがな、加神だ。


「うおっ!」

「ちょ、えぇぇぇえ?!危ない!」

「あぶね!」


 ヒュッと音がして10センチのドッ〇ファイルが飛んできた。


「いってぇ!!!!」


 加神の怒号が書庫内に響いた。加神を盾にしていた私たちは無事である。


「なんだよ!これもそのお化けのせい?いつもこうなの?」


 加神が怒って私に聞いてきた。当然だ。突然、暴力を振るわれたのだから。


「はい。でもここまで攻撃的なのは初めてです」

「そいつ、どこいんの?」

「その棚の前に立ってます」


 加神がズカズカと足音を鳴らしてその棚へ向かう。

 その間もファイルが飛び交う。私と丸山さんは慌てて離れた棚の後ろに隠れて、顔だけ出して加神を見守る。


「ここ?」

「そこです!」


 拳を振り上げた加神はそこに振り下ろした。


 パァン!

 ゴッ!


「いってぇぇぇ!」


 加神は棚(鉄製)を殴り、拳を押えてもだえ苦しんでいる。

 私は一部始終を見ていた。加神が怒って奴に近づくごとに奴がゆらゆらと不安定になり形を保っていられなくなったところにダメ押しの加神のパンチ。パァンと弾けたような音がしたと思ったら奴は跡形もなく消えていた。


「丸山さん…」

「なに…」

「アレが消滅しました」

「は?マジで?」

「はい。気配も感じません。重苦しさもなくなって、むしろ清々しいです」

「マジかよ…あいつ、ナニモンだよ」


 私たちは今だ拳を押さえて悶えている加神を呆然とみるしかなかった。

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